第9話 寄り添い
第一隊での指導の後、岩崎は一人、道場で素振りの稽古をしていた。
「本当に努力家だね」
振り返ると、第一隊にいた先輩だろう。
見覚えのある顔が岩崎のことをじっと見ていた。
その後ろには、確か……高岡さんだったかな。
数人の先輩たちが防具をつけている。
無精髭に少し猫背の優しげな目。
先ほど言葉を発した男が岩崎のところまで歩いてくる。
「筋はいいが、もう少し脇をしめてはいかがかな?」
「ありがとうございます」
男が岩崎の腕や手首をもち、構え方を修正する。
竹刀ダコなのか、ごつごつとした手が岩崎の手に触れた。
(この人も努力をおこたらない)
袖から見える筋肉や、盛り上がった肩を見て、岩崎はこの男に少なからず好感を覚えた。
「私は重田と申す。
第一隊に所属している。
先ほど会ったが、名を覚えているかな?」
正直、岩崎は名前を覚えるのが苦手だった。
そんな岩崎の考えを読んだかのように「まあ、いきなり全ての人間を覚えるのは無理というものだな」と、重田は気さくに笑って見せた。
「重田さんは、よく竹刀を振りにここへ来られるのですか?」
岩崎はもう少しこの男と話がしたくなり、とくに意味もなく質問をなげかけた。
「あぁ。たいていの隊士は、暇ができてはここで腕を磨く」
高岡たちは、別のところで稽古を始めた。
高岡とともにいる者は、どうやら第一隊の隊士ではないようだ。
「隊長たちは、あまりここでは見かけないがな」
重田の言葉に、岩崎は思わず顔を上げる。
「強いから、努力の必要はないと?」
「そうではないだろう。
職務に忙殺されている。
今も京都から警察隊が来ているため、彼らとの話し合いや、情報共有、上への報告書類の作成が必要なのだろう」
「そうですか……」
(相良や一ノ瀬は、現場にはあまり出向かないのかもしれない)
自分には、二人と会う機会があまりないのだろうかと、岩崎は肩を落とした。
「しかし、現場へ出て、隊士の働きを見なければ、誰が優秀であり、誰が努力をしているかは伝わらないものだがな」
重田の言葉に岩崎は「確かに」と納得した。
「ここへ足を運ぶのも、努力する者を見極める良い機会になる」
「重田さんは、そういう意味もこめて、ここへ来るのですか?」
岩崎の期待のこもった視線に気づき、重田は困った顔をして見せた。
「まあ、それもある。
誰がどの程度の剣の腕があるかを知ることができるしな。
しかし、私は一介の隊士だ。特にそれを知ったところで権限があるわけでもない」
(ではやはり、隊長自ら足を運ばなければ、隊士たちのことを知る機会がないということではないか)
これだけの人数がいるのだ。
相良などは、いちいち隊士の顔も覚えていないだろう。
「焦らなくていい」
岩崎の握りしめた拳を見て、重田はそっと語りかける。
「努力を怠らなければ、いずれ機会は訪れる」
岩崎は重田を見た。
この人も自分と同じ気持ちなのかもしれないと思った。
「まあ、ある程度は、隊長に気に入られることも大事だがな」
冗談か本気か、重田のその軽い言葉に、岩崎はひそかに近衛清雅の顔を思い浮かべる。
(気に入られるって、なんだよ!)
竹刀を強く握ると、頭に浮かんだ言葉を打ち消すように、力強く素振りに没頭した。




