第18話 心の隙
岩崎が道場へ行くと、いつものように重田が素振り稽古をしていた。
「なんだ、浮かない顔だな」
重田は手を止めると、岩崎の顔を覗き込む。
優しい目が岩崎を心配しているように見えた。
「心配なんです。
やっと、隊長たちと同じ任務につくことができたのですが」
「あぁ。あの、西洋人の護衛か?」
重田は気のない返事をして、また素振りを再開したが、目だけは岩崎を見ていた。
「心配することなどなかろう。
あれだけ腕のたつ者ぞろいだ。そうやすやすと、やられることもないだろう」
「私が心配なのは、そこではないのです」
岩崎は思わず声を荒げる。
「何かあったのか?」
重田は手を止めると、岩崎の方へ向き直った。
「相良隊長が、いざとなったら自分の命を優先しろと」
「あぁ!」重田は笑った。
「それは、あの人はそう言うだろう。
それが新しい考えだと思っているからな」
岩崎は眉を潜めた。
「幕府から預かる重要人物より、自分の命を優先するなど武士としてどうかと……」
岩崎の言葉を重田は手だけで制する。
「だから……」
周りを確認し、誰もいないことがわかると言葉を続けた。
「君が守ればいい」
「え?」
岩崎は意味がわからず重田を見る。
「西洋人は幕府からすると重要人物だ。
つまり、彼らの記憶に残れば、すなわちそれは、上にも聞こえがよくなる可能性があるということだ」
「なるほど」
重田の言うことはもっともだ。
「覚えてもらわんことには、腕をいかす場所もないからな」
では、今回のこの任務は自分にとっては願ってもない好機が訪れる可能性があるということか。
岩崎の胸が震えた。
今までの努力が実を結ぶかもしれないのだ。
「道順は決まっているのか?」
重田は注意深く聞いた。
「五つ決めています。
その時、その時で、どこを進むかを相良隊長が指示するようです。私たちは五つ全てを頭に入れています」
「用心深いことで」
重田は髭をなでつけた。
「だが、どの道も、必ず同じ場所を通るところがあるはずだ」
「はい!
驚きです。なぜわかったのですか?」
「まあ、そんなものだ」
岩崎は、重田の鋭さに舌を巻いた。
この人は、策略にも長けているのではないだろうか。
「重田さんなら、相良隊長の練った策の弱点もわかるかもしれませんね」
岩崎の言葉に重田は気をよくした。
「なら、そこを見つけ出し、当日岩崎くんが、皆に注意をよびかければいい。
さすれば、なんと鋭い男かと、皆も一目置くだろう」
「では、危険そうな場所を洗い出してくれますか?」
岩崎は墨と紙を持ってきた。
「よし。よし。
しかし、誰にも言うでないぞ」
重田は岩崎の書く地図をしげしげと眺め、なにやら助言をするのだった。
「綾小路隊長、江戸のややこしい事に巻き込まれてしまいましたな」
高階は綾小路の部屋の入り口に立ち、外を眺めていた。
月は白く不気味に輝く。
「もう寒いし、そこ閉めてほしい」
綾小路はごろりと横になった。
「高階くんは呼ばれなかったなぁ」
高階は袖に隠した飴をほうばった。
「相良隊長に、いいように思われてないかもしれませんねぇ」
「あの人、そこまで考えてないやろ」
綾小路の言葉に高階は笑う。
「どっちかといえば、怪しいのは綾小路隊長ですしね」
「なんやそれ」
綾小路の表情はわからない。
後ろを向いてしまっているからだ。
高階はため息をついた。
「で、なんで私たちは、いつまでも江戸にいるんですか?」
高階の声が異様に低くなった。
「なんでやろなぁ」
その言葉を、軽口でかわす。
「連絡がないからかなぁ。
はよしてほしいわ」
そこで寝てしまったのか、いびきが聞こえてきた。
高階は呆れたように部屋から出て行った。




