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1 たどり着いたらいつも雨降り

「んー、死んだんだよなー……意識が有るってどういう事よ。しかしまあ詰まらないと言うか、ついてない人生だったな。何をやっても上手く行かなかったもんな。と言うより何をやろうとしても邪魔が入ってくれたよな。子供の頃はこなんもんだと思ってたけど、大人になるにつれ他人と比べる癖がついていったし、どう贔屓目に見ても運から見放されているとしか思えなくなっていたもんな。結局、最後まで浮かび上がれず終いで、どん底寸前の崖っぷちにしがみついて食いつないでいたもんな」

 かように人生を嘆き振り返り、叫ぶような独り言を吐き捨てているおっさん。

 賢明なる読者諸氏ならばこの先、嘘八百並べ立てた不思議の国のおっさん物語になるだろう事くらいは容易に予想できるだろう。

 そのとうりだよ。

 こいつが何者かと言うと、とりあえず名前はまだ無い。

 何故におっさんは名無しか、この手の語りには在り来りの設定でいささか恐縮であるが、転生したからとしか言いようがない。

 深く追及する程の事ではなかろう。


「おーい、聞こえるー? 聞こえたら目を開けてみてー」

 そして、上記のように声掛けしているのは、言わずもがな転生先でこの赤子の誕生を待ち構えていた関係者というのが定番であろうがしかーし、ここは若干常道を逸している。

 彼の頭上でブンブンやかましい羽音を立て飛び回る緑色の小さな生物が、名無し君の意識確認をしているのである。

 コガネムシではない。

 身長は15㎝から20㎝程度、あまり正確に書くと四方八方から何だらかんだら、訳の分からんクレームが入りかねない。

 ここは適当にはぐらかしておくとしよう。

「何の冗談だよ。余命二週間の宣告されて病院の終末医療病棟に入れられたし、緩和ケアとかいって至れり尽くせりだったし……もっとも、親族なんてものとは無縁の人間だったから、意識がなくなった時点で勝手に死んだと想い込んじまったのかもしれない。ひょっとしたら俺ってまだ生きてるのか?」

 言われるままゆっくり目を開ける名無し君。

「……いかん現象だ。色んな薬の副作用だろうけど、天井が病院と違う色になってるじゃんかよ。おまけに目の前には昆虫にしてはリアルに人間っぽい奴がフワフワ浮かんでこっち見ているもんなー。子供みたいな丸っこい顔つきなのに、体形ばかりが大人でいるあたりはティンカーベルのコスプレにしか見えないし、俺のいやらし妄想の産物としか思えん。世界で一番でかい昆虫よりでかいけど、人間とするにはちっこ過ぎる。あんた、だれ」

 分かりやすい独り言の後、おまけにくっつけたような質問に答えるのは、宇宙人には見えない未確認飛行生物。

「おー、お誕生日おめでとー、ハッピバースデイトゥユー・ハッピバースデイトゥーユー……・……」


 派手に誕生を祝うティンカーベルだかピクシーだか、いずれにせよ精霊か妖精の類であろう奴めがけ、小気味良い爆発音と同時に跳んでくる紙吹雪&紙テープ。

 私の知っているクラッカーという賑やかし玩具より各段にでかい。

 飛行生物を吹き飛ばしたその発射元から、優雅なモンローウォークで名無し君に近寄る一人の女人。

 あちこちにフリルの付いたメイド服に身を包み、長いピンクの髪が無風だと言うのに不自然この上なくなびいている。

 両手で押しているワゴンには、極旨確実のイチゴショートケーキが乗っている。

 ケーキの横には八海山の一升瓶。

 ドンと置かれたそのまた横に100㏄のグラスが二つ。

 空飛ぶ奇怪な生物と自分とで、一升瓶を空にする魂胆がシースルーである。


「歌ってる場合じゃねえだろ」

 名無し君の言葉などロバの耳に念仏。

 威勢よく一升瓶の蓋を開けると、表面張力で盛り上がったコップの冷酒をズズズズッと煽るメイド服のお姉さん。

 緑の妖精モドキが頭をズッポリ、コップ酒に突っ込むと、みるみる酒がちっちゃな体に吸い込まれていく。

 数秒で体と同サイズの液体が消えてコップはカラッポだ。


「これってー、俺が創り出してる幻覚って事でいいのかな。だったら話ー早いよな。悪霊退散、幻覚消去、消えろー。ボゲカス、ろくでなしー」

「なんてひどーいー、ウィッ! 言い方ー」

 間髪入れず駆けつけ三杯を済ませたメイド服のお姉さん。

 いささか表情が怪しくなってきている。

 酒乱独特の目が座った所へ一瞬で入り込めるあたり、瞑想状態へ数秒で到達する禅僧の域にも似た熟練度である。

 褒めていいのか悪いのか、いずれにしろ神業としか思えない妙技。

「やっぱ幻覚みたいだな。少し安心した」

 周囲に知らしめるが如き独り言は、どうあっても己の精神が正常の範囲に踏みとどまっている事を確認したいからであろうが、ファンタジー塗れの異世界で戯言は通用しない。


「あのねー、君はあっちの世界で死んじゃったんだよー。そんでもってこっちに来たんだけど、転生じゃないしー、召喚でもないのねー。とりあえずー、しっかり目を開けて回りを観察してみて頂戴。けっこうと上手にできたと思うんだけど、気に入ってくれるといいなー」

 飛び回っていた妖精? がショートケーキ上に鎮座していた唯一のイチゴをほおばりながら、残酷な事実を認識させようとする。

 転生名無しおっさんに、誕生祝のイチゴショートケーキを食わせる気は初めから無かったようだ。

 先ほど筆者は転生して来たおっさんと表現したが、どうやら登場人物と作者の間に若干認識の歪が生じているようだ。

 細かい事は気にしない方が身のためだ。


 はっきりしっかり分かりやすい独り言だと思って答えるおっさん。

「この幻覚、どうあっても消えたくないらしいな。だったらとことん付き合ってやろうじゃねえか、どうせ余命いくばくもない……ひっとしたら風前の灯……いやいや、一度消えてブスブスとくすぶってる状態の蝋燭かもしんねえ命だ。この先何が頭の中で起こっても怖くねえわ」

 一通り愚痴って終わると、おもむろに自分自身を調査する名無し君。


「体の感覚からすると俺の姿勢は入院中と同じで寝た状態みたいだしな。当然、しっかり目を開けたら天井だか照明が見えて……こねえな。でっかい緑虫を目視した時点で疑わなかったわけじゃねえいけど、青空天井だもんなー。文句なしに屋外じゃねえかよ。つう事は、ベットだと思っていた背中の感触は何だよとなる。起き上がって周囲を観察する必要があるな」

 長い前置きの後にその身を起こそうとする転生おっさん。

 当然の成り行きで身動きがままならない。

「んー、んー。入院した時からステアウェイトゥーヘブンだったからな、体力なんてものとは無縁だから思うように体が動かねえのはいたしかたないよな」

 この独り言を聞いたメイド服の酔っ払い、赤ら顔で仰向けになっている転生名無し元おっさん今赤子の顔を見下ろす。

「起き上がりたいのでしょうかねー、まだちよっと無理だと思いますわよー、今はわたくしが手伝って差し上げますわ」

 なかなか親切にしてくれちゃってるみたいだけど、羽をブンブン言わせている人間型昆虫と一緒に背中を押してやるあたりは鬱陶しと言えなくもない。


「幻覚が介助しても無理なものは無理ー……じゃなかったねー。起き上がれたね」

 精神の力を侮ってはいけない。

 為せば成る、なさねばならぬ何事も(よくよく考えると当たり前の事だよな、これって)

「今から鍛えて免疫機能を改造できねえかな。元々潰瘍性大腸炎から始まってんだから免疫機能の暴走だろうし、全身に転移しまくって手の施しようがなくなっちゃった癌を駆除できねえかな」

 今更の希望的観察で独り言。

 違うからね、異世界だからね、いい加減に認めた方が後々の話を創りやすいからね。

「ほーら、起き上がったら廻りをぐるっと見てみなよー」

「うっせえ幻覚だなー。今はこれからのビジョンを検討中なんだよ。ちっとくらい待てねえかよ。廻りねー……屋外なのは分かるんだよ。けつの下が芝生なのも分かるし、でっかい新築ピッカピカ石造りの家があるのも分かるさ。家の前には畑と家畜小屋があって、放し飼いの家畜がうろちょろしてるさ。小ぶりの倉庫らしき離れがあって、心の原風景っつうのー、ロマンを感じさせてくれる世界だなー。家の前でバーベキューやりてえ。一つ大きな問題は、人間が見当たらないってあたりかな。この一角だけ開けていて、回りは先が見えない程に深い森だもの。異世界ってのが真実だったら、ここは魔物がテンコ盛りの場面だべ。もっといかんのは、水場にあるベンチの上で色とりどりのスライムが昼寝をしているみたいなんだよな。七色キラキㇻ無駄に輝いている奴がきっとボスだろ。カンガルーとかワオキツルザルじゃないだけまだましってか。頗るファンタジーだなー」

 とろくさい転生おっさんが、やっとこファンタジーの原点とも言える異世界に辿り着いたぜい。

 雨降りじゃないけどな。

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