そばがらとパイプどっちがいい? それとも羽根?
その時、男は苦悩していた。
男の名は、斉川淳。
スリーピースバンド『エカルラート』のギター兼ヴォーカル。
近頃レコーディングで悩める日々を送っていた。
彼は神経性の胃炎に襲われていたのだ。
一見能天気そうな男だが、実は繊細で神経質である。
そう、神経質すぎて薬を飲むにあたって、どうしても越えられない壁があるのだ。
淳は散剤(粉薬)の薬が飲めない。
オブラートなどで包めばなおさらだ。
カプセルに詰め替えるとなったら、支える土台から用意しようとする程に神経質。
しかもカプセルは胃で溶けるものと、腸で溶けるものがある。
悩ましすぎて、ますます胃が痛い。
だというのに、ああだこうだと友人が勧めるものは、どれもすべて散剤。
「ああ、どうしたらいいんだ」
淳は苦悶する。
「しかし何故、うちのメンバーでもない君達がここにいるのかね?」
淳の横には二人の派手な男。特に髪の色、どちらも金髪。
ここはレコーディングスタジオからほど近い、ドラッグストア。
ずらりと並ぶ胃薬の前。
「ヒマだから」
ツアーを終えてオフに入った能代秀之が言う。
ゴシック系バンド『ルアード』のギタリスト。淳の幼馴染。
「俺も。お前が遊びに来いって言ったんだろう?」
たまにはいいかな、などど言葉を添える橘晴臣。
『人工楽園』ヴォーカリスト。通称『インディーズ界の相談役』。
『観音崎の海辺のホテルにスタジオがあってな。そこでレコーディングすんのよ。水着のねーちゃんはいないけど、静かでのんびり出来ていいぞー』
⋯⋯と言ったのは確かに淳だった。
季節はすでに秋。海水浴客はもういない。
「なあ、なんでおまえ、粉薬飲めねえの? 子供じゃあるまいし」
「べっ、別に飲めないというんじゃないぞ。苦手なのだ」
秀之からの鋭い指摘。
逃げ腰の淳。
「なんでっ?」
「錠剤の方が飲みやすいだろ? 味もそんなにしないし」
淳は口の中でいつまでも消えない生薬の匂いが苦手だ。
「そんなに言うなら、さっさと錠剤の薬買えよ」
「う。そうなんだが」
言葉に詰まる淳に苛立ち、両手で胸ぐらを掴もうと秀之は手を上げる。
秀之は淳に対しては大変に暴れん坊さんだ。
即座に晴臣が秀之の両手首を掴み、引き止める。
「今度は何だっ!」
「持ち運びが面倒。かさばるし。俺、財布とタバコしか持ちたくないんだわ」
両手フリーが基本の淳。
どうしようもない時はハーレーのサドルバッグにポイだ。
だが、下手をすると入れたら最後、忘れる。
「あー、それならあれ、なんだっけ。ピ、ピ」
秀之が中空を睨む。
「ピロケース」
「ピルケース」
「ん?」違和感を覚える秀之。
「ピロケース?」小首を傾げる淳。
「あっ、違う! ピルケースだ!!」
秀之は晴臣の手を振り払い頭を抱えた。
「うわあ、馬鹿なやつ。枕に胃薬入れるの想像しちゃったよ」
「⋯⋯枕いっぱいの胃薬」
あー! はずかしー! ぎゃー!
呆れる淳と晴臣の後ろで秀之が悶絶している。
ドラッグストアの店員が薬剤師と一緒に棚の向こうから窺い見る。
「ねえ、静かにして⋯⋯」
ガラの悪い馬鹿な男達に小声で呟く。
淳は薬剤師の指導の下、散剤のH2ブロッカー胃腸薬を買った。
もともと愛用していた錠剤の胃腸薬も一緒に。
ホテルのベッドサイドには二種類の胃薬が仲良く並べられた。
飲む時はちゃんと用法用量を守りましょう。
元は受取先で埃を被っているか、灰になっているかのもの。
未発表で可哀想なので。
くだらない話ですが。




