第四話 桜を凍らせる怪獣 ― アイスゴン襲来 ―
春は、やさしい季節だ。
冬の冷たさがまだ少し残りながらも、
やがて訪れる夏の気配を含んだ、
柔らかな温もりが世界を包む。
その象徴が――桜だった。
満開の桜がトンネルのように続く公園。
その名もサクラ・ヒルズ。
淡いピンク色の花びらが風に舞い、
訪れた人々は弁当を広げ、笑顔で春を楽しんでいる。
子どもたちが走り回り、
カメラのシャッター音が響き、
遠くでは誰かがギターを弾いていた。
まさに春爛漫。
その桜並木の下で、
一人の青年が弁当箱を大きく広げていた。
青いパンツ。
青いマフラー。
頭にはトナカイカチューシャ。
パンイチ・ヒーローのひとり――セイヤである。
「ダディ!見ろよこの弁当!」
セイヤは嬉しそうに箸を振る。
「唐揚げ!卵焼き!タコさんウインナー!そして桜餅!」
目を輝かせながら叫ぶ。
「最高だ!この暖かさと、この景色!
俺たちの戦いは秋で終わりかと思ったぜ!」
大きく伸びをする。
「春の温もりは、最強の温もりだ!」
その隣で、静かに空を見上げている男がいた。
赤いパンツ。
赤いマフラー。
そしてサンタ帽。
セイヤの相棒――ダディだ。
ダディは桜の花びらが舞う空を見ながら、
小さく息を吐いた。
「セイヤ」
落ち着いた声で言う。
「春の温もりは脆い」
「え?」
「冬の寒さの名残と、夏の熱の予兆がせめぎ合う」
風が吹く。
花びらが流れる。
「つまり――」
ダディの目が細くなる。
「最も不安定な季節だ」
セイヤが首をかしげる。
「どういう意味だ?」
その時だった。
ズオオオォォン!
地面が揺れた。
池の方角から、
巨大な振動が公園全体に広がる。
次の瞬間。
空気が、凍った。
春の温もりが一瞬で消える。
桜の花びらが空中で止まり――
パキン。
氷の粒になって地面へ落ちた。
「……え?」
セイヤが固まる。
花びらはもう舞っていない。
地面に散らばっているのは、
氷の結晶だった。
ゴゴゴゴゴ……
池の水面が凍り始める。
水鳥が慌てて飛び立つ。
そして――
巨大な影が現れた。
全身が鋭利な氷の結晶で覆われた怪物。
四足の巨体。
背中には氷山のような棘。
その口から白い冷気が漏れている。
氷結怪獣――
アイスゴン。
「ガアアアァァ!」
怪獣は咆哮した。
その声と同時に、猛烈な冷気が吐き出される。
ゴオォォォ!
冷気は桜並木を襲う。
ピンクの花が一瞬で白く凍りつく。
枝は氷の柱となり、
春の景色は無機質な冬景色へ変わっていく。
人々が悲鳴を上げた。
「怪獣だ!」
「逃げろ!」
花見客たちは慌てて公園の出口へ走り出す。
セイヤの拳が震えた。
「ふざけやがって!」
弁当箱を閉じ、立ち上がる。
「この春の温もりを奪うなんて!」
ダディは静かに言った。
「セイヤ。落ち着け」
アイスゴンを観察する。
「奴の冷気は、これまでの敵とは違う」
「え?」
「体温そのものが氷河期だ」
冷気が地面を覆う。
草が凍る。
「我々の裸体でぶつかれば、一瞬で凍結する」
セイヤが唇を噛む。
「……じゃあどうする?」
ダディは二人のマフラーを掴んだ。
赤と青。
それを固く結ぶ。
「パンイチ・チェーンを腰に巻け」
セイヤは頷き、青いマフラーを腰に巻いた。
冷気が肌を刺す。
だが彼は震えながら笑う。
「トナカイは寒いのも雪も慣れてる」
ダディが小さく頷く。
「今回必要なのは、春の陽気だ」
アイスゴンが再び冷気を吐く。
桜の枝が凍る。
セイヤは足元に落ちていた枝を拾い上げた。
氷結した桜の枝。
「セイヤ、無駄だ」
ダディが言う。
「その枝は凍っている」
しかしセイヤは笑った。
「違うよ」
枝を握る。
「俺たちは、この桜を守るためにここにいる」
その枝を――
アイスゴンへ投げた。
枝は冷気の中で凍りついたまま、
怪獣の足元に落ちた。
「ガアア!」
アイスゴンが嘲笑する。
「無意味だ!」
その瞬間。
ダディの目が光る。
「……セイヤ」
「ん?」
「今の攻撃で分かった」
「え?」
「奴の冷気には“層”がある」
セイヤが首をかしげる。
「どういうこと?」
「最も薄い場所がある」
ダディはサンタ帽を深く被る。
「弱点は体表ではない」
アイスゴンを指差す。
「体内だ」
セイヤがニヤリと笑った。
「つまり――」
拳を握る。
「中からぶっ壊す!」
ダディが頷く。
「そうだ」
二人は同時に走り出した。
凍った地面を蹴る。
アイスゴンが巨大な氷の拳を振り下ろす。
ドォォン!
地面が砕ける。
しかし二人は止まらない。
「パンイチ・ダブルローリング・アタック!」
マフラーで繋がったまま、
二人は回転しながら突撃する。
ゴォォォ!
氷の装甲に体当たり。
衝撃。
氷が軋む。
だが、まだ砕けない。
セイヤの体が凍り始める。
「くそ……!」
ダディが叫ぶ。
「セイヤ!」
「まだだ!」
セイヤの体温が上がる。
怒り。
勇気。
守りたい想い。
それらがマフラーを通して流れ込む。
ダディの冷静な熱。
二人のエネルギーが一点に集中する。
「これが――」
ダディが叫ぶ。
「春を待つ人々の温もりだ!」
セイヤが拳を握る。
「冬の執着なんかに負けるか!」
腹筋を収縮させる。
拳を突き出す。
「パンイチ・サクラ・インパクト!」
ドォォォォン!
拳が氷の装甲を貫く。
内部へ。
次の瞬間。
爆発。
二人の熱が体内で炸裂する。
パキパキパキパキ!
氷の怪獣がひび割れる。
巨大な氷の体が――
一気に溶け出した。
水蒸気が空へ吹き上がる。
怪獣の姿は消えた。
代わりに空へ昇る白い霧。
太陽がそれを照らす。
それは――
桜吹雪のようだった。
人々が空を見上げる。
「きれい……」
春の温もりが戻る。
セイヤとダディは地面に倒れ込んだ。
「ダディ……やったな」
セイヤが笑う。
「桜が……蒸気で、もっと綺麗だ……」
ダディも息を吐く。
「春は守られた」
ふと気づく。
二人のパンツが破れている。
セイヤが苦笑する。
「……あ、やべ」
その時。
子どもたちが駆け寄ってきた。
「おじさんたち!」
手に持っているのは――
新品のパンツ。
「ありがとう!これどうぞ!」
セイヤは笑った。
「助かる!」
二人はパンツを履き替え、立ち上がる。
そして子どもたちへ向かって言った。
「当然だ!」
セイヤが拳を突き上げる。
「俺たちの愛と勇気があれば!」
ダディが頷く。
「桜は永遠に咲き誇る」
セイヤが笑う。
「パンツありがとうな!」
公園には再び笑い声が戻る。
桜の花びらが舞う。
春は、まだ終わらない。
第四話 完。




