第5話「要人② -Key Person-」
第5話です。
よろしくお願いいたします。
駅前は人だかりができていて、息を切らした僕の姿はより一層目立って見えるような気がした。
昨日ぶりの全力疾走。
目的は一番早い便に遅れないこと。
「はぁっ……はぁっ……!ジ、ジャスト10分、てとこか……」
ということで、何とか間に合いそうだった。
人身事故での運転見合わせ等のアクシデントがない限りは大丈夫なはず。悪天候とは言えない、くもりの天気なのでそういうトラブルもない可能性が高い。
改札をこえて階段を上がり、人ごみで出来た行列のしっぽになる。
定刻通りに到着した電車だが、当たり前のように座れるはずもなく。
ラッシュの最中の電車移動はやっぱり、慣れても慣れたと思っても、窮屈で辛いものであることに変わりはないのだった。
別段異常もなく、春川で下車できた僕は駅をあとにしていた。
駅前のロータリーを右に道なりに進むと、左手にあるのが、件のスーパー"SHOYU"である。
正に徒歩1分といったところ。
時計の針は18時45分のあたりを指していて、間に合ったことに安堵する。
目標の表示は消え去り、もう出せなくなっていた。
達成の文字は出なかった。
それを深く考えることもなく、スーパーの入口の前で、まだ少しだけ熱を持っていた体を冷ましたくて、その場に立って休んでいた時のことだった。
カートやカゴの整列をしに外に出てきた店員さんと目が合った。
「っ………」
ぺこりと会釈をする彼女。
その姿を見て、何故か弾みで言葉が出かかったのだ。
思わず口を噤んだけれど声が漏れてしまっていた。
見たことがあるような、気がしたから?
けれど、どう考えても、どう頭の中を探してみても、知り合いではないことは確かだった。
だというのに。
「桂木………?」
「っ…!?」
根拠なんて、ない。
記憶にある彼女とは、姿が結びつかない。
スーパーのエプロン姿、ポニーテール、メガネ姿、どれを取っても彼女の印象にないものばかり。
それでも口からこぼれた名前が、頭の中で符合していく。変装と言われれば納得がいくくらいに、似ていたから。
だがその答え合わせは、直後に行われた。
「人違いです」
その声は、桂木優里のものではなかった。
声を作っているわけではない、とそう思える声色で繰り出された、あまりにも淡々と、そして事務的に繰り出された言葉。
確信は無いけど、彼女ではないと判断するには十分だった。
「す、すみませんでした」
僕が謝った時点で、彼女は既にドアの方を向いていて。
何も言わずに店内に戻って行った。
だから聞こえているかどうかは分からない。
「……なんで?」
それは、言葉を漏らした自分に対して。
そして、あからさまな動揺を見せたさっきの店員に対してでもあった。
あの人は、桂木ではない。
それは紛れもなく事実だと思う。
そもそも、桂木がわざわざ春川でアルバイトをしている理由が浮かばない。
と、その時だった。
「やめてくださいっ!!」
外にいる僕にさえ届くような大声が、店内から聞こえてきた。
それは、さっき一度だけ聞いた、あの声。
野次馬根性、というか野次馬精神が働いた僕は、そろりと自動ドアをくぐっていた。
ザワつく店内、その中心にはさっきの店員が居た。
すぐ傍に、見た事のある制服を着た男子学生も。
今僕が来ている制服と、全く同じものを着た男子が。
「何が気に入らないんですか?悪い話じゃないと思うんですけど」
「だから、やめてくださいって!仕事中に話しかけてこないで!」
話の内容はさっぱり分からないけど、男子学生の方が店員にちょっかいを出している?ようだった。
あの子、あからさまに嫌がってるし…。
買い物に来たお客様方はみんなしてスルー。傍観を決め込むしかない気持ちは痛いほど理解できる。
割って入るには、いかに空気読めない人を装えるかが大事になりそうと思うくらいに。
……まあ。
割って入る気になっている自分がいる事に、ため息つかざるを得ないのは、仕方が無い。
『目標:桂木泉里を助ける』
『達成期限:1分後まで』
一瞥は一瞬。
だってもう、この足は動き出していたから。
………………いや、誰?
「悪い、待たせたな!ほら、さっさと行くぞ?」
僕は、男子の方に馴れ馴れしく駆け寄って肩に手をかけてやる。
くそ、こんな態度冬織にだって普段とらないぞ。
顔から火が出そうだった。
「だからやめっ…………あ……」
店員のあの子が、僕に目をやる。
心の底から驚いたという風に、見開かれた目。
それは、この状況に絶望したようにも見えて。
ちょっぴりの罪悪感を抱きつつも、僕はやり遂げる意志を固めるのだった。
「はあ?あんた誰ですか?」
「つまんねーギャグやめなって。ほら、急いでるんだからさっさと出てくぞ」
「ちょ、離してくださいよ!」
込められるだけの力をこめて、僕は無理やり男子生徒を連れて店外へ足を運んでいくのだった。
どうかこの内に逃げてくれ、と願いながら。
本当ならすぐにでもフォローしに行ってあげたい。彼女はすぐにでも今日は上がるべきだと思うし、その言い分が1人で通せないなら自分が口添えしてやれるから。
けどその前に、こいつを何とかしないといけない。
「君、1年生か?」
「何でそんなこと答えなきゃ……って、誰かと思えば、うちの名物委員長様ですか」
とっくに1分が経ってしまったと気付いた頃。
ギャーギャーと丁寧なのか乱暴なのかよく分からない口調で声をあげる男子を無理やり引っ張って、駅のロータリーあたりまでやってきたあたりで、ようやく会話のキャッチボールが上手くいった。
制服からして附属の生徒である事は確かだと思う。
記憶上、同学年ではないその男子。上級生っぽくも無かったので、おそらく新入生だろうと思って聞いてみたのだ。
期待していた答えは返ってこなかったけど。
「何だよ名物委員長様って……僕はもう委員長じゃ」
「1年生でも知ってますよ。頼みを断らない癖に責任感の塊みたいな生徒が2年に居るって」
「やっぱり1年か、君」
「そんなことはどうでもいいんですよ。なんの権利があってボクにこんなことをしているんですか?」
「相手が嫌がっていることくらい分からないか?子供じゃないんだから、自分の意思だけを通そうとする真似はやめた方がいい」
偉そうに説教を垂れる自分にむず痒くなる。
けど、今は誰かがそうする必要がある。それが、お節介でもウザがられても、だ。
だって自分と同じ学校に通う生徒が、下らない真似で問題を起こすとこなんて見たくないし。
あれ、彼女が警察に被害を訴えでもしたら普通に取り沙汰されそうな事態だったし。
「嫌よ嫌よも好きのうちってやつです。照れ隠しなんですよ彼女の」
「バイトを邪魔してでもやっていい理由にはならない。彼女がそれを望んだか?」
「うげぇ……。本当に面倒ですね先輩。望む望まないに関わらずボクがすることなんだから、何よりも優先されるに決まってるじゃないですか」
「うげぇ……。なんという強烈なキャラ」
これ、人に何とかできるレベル超えてないか。
どこから出てくるんだその自己肯定心。正当化しかしてないし。
金髪、背は少し小さめ、僕の強制連行に抵抗できないくらい非力、といった外見等の印象からはどこかのお坊ちゃんを想像させるが、内面がこれだとあながち間違ってないのかもしれない。
「まあ、今日のところはこれくらいが限界ですね。大人しく帰るとしましょう」
キッパリと、サッパリと、腕に巻いた高級そうな時計を見てから彼は言った。
そこには恨みがましさや、怒りなどの感情はなかった。
多少は無遠慮に怒りをぶつけられることも覚悟していた僕は、拍子抜けしていた。
あまりにも淡白で、無関心。
「君、名前は?」
「答える義理はありませんね。腹も立ってますし」
やっぱ怒ってるのかよ。
無理もないか。
「また同じことするんじゃないだろうな」
「ボクが、それを望めば。するんじゃないでしょうか」
「……たとえ表面的だとしても、だ。他人が嫌がっているように見えることはするもんじゃない」
「そうですね。先輩みたいな邪魔も入りますし。良いです、今後は改めますよ。説教聞きたくないですし」
言葉は相変わらず淡々とした調子で紡がれる。
それは、きっと何の解決にもなっていない、と捉えることのできるような返答で。
僕の中でその顔と立ち姿が、要注意人物としてマークされた瞬間だった。
「それじゃあ僕は帰りますので」
「……一つだけ。答えたくなかったら答えなくていい」
「………」
「何で、新入生が僕のこと知ってるんだ?」
「さあ?大体のきっかけは授業で教師がベラベラと話のタネにするからじゃないですかね」
「………」
沈黙する僕をあとに、彼はいよいよその場を立ち去っていった。
駅の中、改札の方に消えていったのだ。
つまり、春川駅が自宅の最寄りでない可能性が高い。僕は少しだけ、本当に少しだけ、そのことに安心していた。
「さて、彼女は無事上がれたかな」
言ってみて、さっき突如出現した目標がフラッシュバックする。達成したからもう表示させることの出来ない、あの目標。
あの一瞬でも目に焼き付いた、桂木という苗字。
名前は違った……ような気がする。
「まさか血縁者……?」
だとすると今上がられると、彼と鉢あってしまう可能性が出てくる。
だってもし、彼女が桂木優里の血縁者なら帰りには電車を利用するはずだ。
それはまずい、と僕はスーパーの方に急ぐのだった。
「けど、どうしようか……」
時間稼ぎのつもりで戻ってきたスーパーだったが、実際僕ができることは限られている。
彼女がまだスーパーに居るなら、僕の方から取れるアクションもある。金髪のあいつが今日は引き上げるという意思である以上、上がらずにそのまま入り続けてもらっていた方が今日のところは安全なのかもしれない。
あいつの言い分を信じるなら、だけど。
けど既に彼女は上がっていて、こうして戻ってきた僕と入れ違いになってしまっているなら、僕にはできることがほとんどない。
別の店員さんに、起きていたことを伝えることくらい。でもそれは、彼女が無事上がっているという前提の場合、既に伝わっている可能性が高くなる。
そんな僕の思案をよそに、店内にまだ、彼女は居た。
傍にある色々なインスタント食品物が入ったカゴを見るに、販売品の棚を整理しているようだった。
「あ……」
そしてまた、目が合った。
声を零したのは彼女の方で、それはやっぱり桂木優里のものではなかった。
けれど、似ている。
髪型も服装も声も違うけど、意識すればするほどに面影を感じられた。まあ、服装についてはアルバイト中ってことを考慮すれば全く不自然ではないんだけど。
「あ、あの、さっきは……」
「余計な真似、でしたかね?」
「……(ぶんぶんぶん)」
物凄い勢いで首を横に振る彼女を見て、少しだけ心が浮ついた。
メガネ、ズレちゃうぞ……。
「助かり、ました……」
実はちょっぴり出過ぎた真似をしちゃった感を抱いていたので、助かったと言われて素直に安堵した。
と言っても僕が動いたのは、同じ学校に通う生徒が問題を起こしそうになっている状況に黙ってられなかった、という理由の方が大きい訳だけど。
見過ごすのも違うし。
でもまあ、あの目標が出てきてくれたのは最後のひと押しにはなってくれたかもしれない。期限が1分だったことに、驚けもしなかったくらいには最後のひと押しだったのだ。
「彼、まだ駅にいるかもしれないから、もし帰るなら時間をずらした方がいいと思います」
「わ、わざわざそれを伝えに……?」
「……いえ。買い物しに来たんです」
「そそ、そうですよね。早とちりしてすみませんでした」
早とちりも何も正解なんだけども。
僕と会うことで、不安にしてしまわないかという思いはあった。だから会えないで終わる、という展開だった方が僕としては心が楽になれたかもしれない。
傍から見たら、あいつの連れであるかのように発言してたんだし。
彼女からすれば、僕があいつの関係者であるという疑念を抱くのも当然なわけで。
こうやって普通に話ができてしまっている状況の方が、どちらかといえば予想外なのだった。
「なので深い事情は聞くつもりありません。どうしても話したいって言うなら聞きますが。でも、一つだけ」
「……はい」
「誤解されると困るので伝えておきますが、僕はあの金髪とは無関係です。顔も初めて見たし、名前だって知りません」
「そんな……そんなこと、言われなくても。あれが、あなたが助けてくれたんだってことくらい、分かってるつもりです……!」
「…………気をつけてくださいね」
それだけ言って、僕は踵を返す。
とりあえず、あの調子ならまだ勤務は続けるつもりだろうな、と少しだけ安堵しながら。
そんな、何の根拠もない仮定の元に得た安心。
けど、今すぐに店を出て帰るって訳じゃないんなら、さっきの今で問題にはならないと思う。
ほら、ちょうど電車が出発する。
あいつと別れてから、3度目の稼働音。
ここまでの便のどれかに、あの金髪1年生は乗っているだろう。
確証は無いけど。
「あ、そういえば……」
買い物しないまま出てきちゃったな、と。
気づいたのは、もう自宅が見えてきた頃のことだった。




