第4話「要人① -Key person-」
第4話です。
よろしくお願いします。
「じゃあ三枝、準備できたら教えてくれ」
放課後。
教室を出ていく生徒たちを見送りながら、隣の席へ声をかける。
言ってしまった後で、急かしてるように聞こえるなと気づいて自己嫌悪。
「ごめんなさい。待たせたわよね」
「いや、こっちこそごめん。別に急かしてるわけじゃなかった」
「謝らないで。私から付き合わせてってお願いしたのに、待ってもらうのは悪いから謝るのはこっち……ってこれじゃ、堂々巡りね」
「……だな」
お互い、変なところで譲らない。
いやいや、とどちらも自分の非しか認めない終わらないループ。
だからこそ、こうやって早めに三枝の方から切ってくれるのはもう、珍しくもなくなっていた。
「相生の家は駅とは反対方向なんだけど、三枝は自転車?」
「今日は徒歩ね。午後から降るかもしれないって予報だったから」
「……げ。そうなのか」
三枝が電車通学じゃないことは知っていた。
大学の郊外にある大きなマンション、その高層の方だったと思う。実際に行ったことはないけど、住所の部屋番号のところの数値が見たことない高値だった、ような気がする。
「今はもう曇りになってるみたいだから安心して。…降らないって保証はないけれど」
「…祈っておくか」
相生の家は学校から駅までの距離よりも長いけど、近くにはチェーン店が揃っていることもあってか放課後の生徒たちを目にすることも少なくない。
放課後のたまり場であり、遊び場所であり、とにかくそういった施設にことかかないエリアでもあるのだ。
電車通学組以外の生徒たちがたまに羨ましくなる理由の1つでもある。
「もうすっかり道が頭に入ってるって感じよね」
それは、二人で学校を出発してから、駅から離れるように交差点を2つほど抜けたあたりのこと。
珍しいような、そうでもないような、三枝からの茶々が入った。
「安心して欲しい。嫌になるくらい焼き付いてるから」
クスクスと微笑む三枝。
歩き始めて10分ほどが経った。
まだこの時間は終わらないでいてくれそうだった。
だけどそんな僕の呑気な考えは、次の瞬間一変するのであった。
「そういえば、昼休みは屋上で何をしていたの?」
「えっ……!?」
なぜ?とかどうして?とか、冷や汗と同じくらい疑問符が湧いて出てくる感覚だった。
全く予想外の質問。
そもそも、知られているという自覚さえなかった。そこの前提がずれていた。
「信じられないくらい話題になっているのよ?あなたと桂木さん」
「そそ、そ、それは」
想定できない…わけが無かった。
さすがに彼女の認知度を考えれば、当然のことなのだ。
彼女の方はともかく、僕の方はできるだけ目立たないようにと思っていたけど、どうやら無駄だったらしい。
「屋上の掃除を手伝うことになってて……」
そんな、嘘では無い嘘をつく。
真実だけど真実じゃない、紛れもなく本当のことを口に出す。
ファンクラブのことは、言えない。
お昼ご飯のことを言えなかった理由は……。
「良い場所よね、あそこ」
「……?三枝、知ってたんだ。屋上行けるって」
「1度だけ行ったことがあるから。いえ……」
2度目がくるかも、と続ける三枝。
それが、どういう意味かは分からなかった。知ることもないのかもしれない。
気になる。
なのにその事に突っ込めない自分に情けなさを覚えながら、歩みを進める。
「……もうすぐ、相生の家だ」
だから、話題をそらしてしまう。
三枝に合わせた歩幅だと、まだ到着まで時間はかかるのに。
変な空気になるのが怖くて、けれど話してはいたくて。
屋上でのことを三枝に深く聞かれたら、また嘘を重ねる気がするから。今度こそ、嘘でしかない嘘をつきそうだから。
許してくれ、三枝。
全部終わったら、話せると思うからさ。
「ほら、見えてきた」
「あそこが……」
それは、一般宅というには豪勢で、どちらかといえば豪邸という表現が正しいような気がする建物だった。
詳しいことは分からないけど、お金持ちの家であることは多分間違いない。
多分地下室とかありそうだし、この家。
「あ、待ってくれ三枝。ここ、二重扉になってるから、一旦ストップ」
「え、ええ。そのようね」
鍵を持ってない人が扉の向こうに行った場合、オートロックがかかる仕組みになっていて詰む仕組み。
そのため、扉の前で宅内にいる人と会話ができる仕組みがちゃんとあるのだ。インターフォンというものが。
初めて訪れた時は大変な目に遭ったので、同じ轍を踏むわけにはいかない。
「早めに応答してくれると助かるんだけどな」
言いながらボタンを押すと、呼び出し音が鳴るのが聞こえた。
暫しの沈黙。
多分だけど、ドアの上部にあるカメラっぽいところから見られてる。在宅してるなら間違いなく。
「…伊崎か。ちょっと驚いた」
「2年になってから来るのは初めてだったな、そういえば」
「そういう意味じゃない…まあ、いいや。何?またなんか提出物?」
「いつもの如く分かってる範囲は記入済だ。今出てきてくれたら明日僕から提出しとくんだが」
「それは断る。ポストに入れといてくれ」
にべも無く断られる。
最初の頃はこうじゃなかった。結構な頻度で僕がパシリになっていた。
ここまで時間が経って、ようやく何もかもこっちに任せるというスタンスでは無くなってきたのだ。
相変わらず、校内では滅多に姿を見ないけど。
「提出、明後日まで何だけど?」
「それはお前の心配することじゃない。それよりお前……1人じゃないのか?」
「…見れば、分かるだろ」
「良いから答えろよ。誰と来てる?」
やれやれ、という感じである。見えてるくせにさ。
仕方ないので、声を出すように三枝に促す。
「2年G組の三枝心波です。急な訪問でごめんなさい」
「なんだ三枝か……はぁっ!?ほんとに、三枝か?」
「ほんとに、って何だよ……。僕が頼まれた仕事に、三枝はクラス委員として責任感じてくれてだな」
「そうか…それは、悪い。わざわざありがとうな、三枝」
「んなっ…!?」
こいつ……こんなに素直に感謝ができるなら一度でも僕に向けろよその感情。今まで1回もないぞ、ありがとうなんて言われたこと。
しかしどうやら本当に驚いていたようで、相生のやつは再び同じことを聞いてくる。
「繰り返すけど、他には居ないんだな?」
「ええ。伊崎くんと私しか居ないわよ」
「そうか……壊れたか、これ?」
「何か言ったか?」
「いいや、何でもない。…提出は明後日まで、だったな?」
「そうだ。金曜までだ」
「分かった。把握はしたから、もう帰っていいぞ。あと三枝、お茶のひとつも出せないで悪い」
来るって分かってたら、なんて続けやがるこいつ。
これが、性別の壁なのか。
露骨に僕の名前を避けやがった。
僕が1年かけて構築した関係性を、三枝は今日この訪問だけで飛び越えたみたいだった。
「お前……」
「………」
「……もう聞いてないな、あいつ」
「そうみたいね」
クスリ、と笑みをこぼす三枝。
もしかしたら三枝と相生はそもそも仲が良かったのか、なんて風に思うくらいだった。
試験などのイベントの時には出席率が上がる相生だから、試験成績がトップの三枝とは何かしら関わりがあったのかもしれないな。
「…帰ろうか、三枝」
彼女は無言で首肯する。
聞きたいことが、またできた。
それが、僕にとってあまりいい意味でなく印象に残っている相生千聖という女子生徒についてであることは、少し複雑だけど。
たしかに、3人揃って2年連続で同じクラスだけどさ。
「相生と、仲良かったんだな三枝」
そこはまだやつの家の敷地内。
単刀直入に聞いてみた。
否、言葉が漏れてしまっていた。
まるで知らなかったと。相生と一番接してきたのは自分だという思い上がりから。
聞きたいからといって、すぐに聞けるような人間じゃないのに。
「ぇ…?」
帰ってきた声は予想に反して驚きが含まれていたと思う。
聞かれるとは思ってなかったのか、普段聞いた事のないような声色だった。
ドキリ、と。
まだ見た事のなかった彼女の姿に、心がザワつく。
「え、ええ…。伊崎くんは相生さんの成績、知ってる?」
「ええと…詳しくは知らない。けど、あんなで進級できてるくらいだし、悪くはないんだろうなと」
「トップ5よ。クラスじゃなく学年で」
「そうなのか……」
なんという無情。授業に出席しないやつが試験でだけ良い結果を出し続けているのは色々と複雑である。
去年、ノート取ってやったりとかする必要なかった感あるな。結構な頻度で届けに来たりしてたんだけど。
その割には一度もお礼言われた記憶ないし。
やっぱ、嫌われてんのかな。
「彼女、頭がいいから。私も頑張らないと、って思えるの」
「そうか…ってじゃあ尚更、今日は申し訳ない!試験まで1週切ってるのに…」
そんな、今更ながらの謝罪を繰り出すことになる。
教室で三枝と話した時点では、頭の中からすっかり消え去っていた試験のこと。
自分のことを棚に上げて何を、とは我ながら思う。それでも、申し訳ないという気持ちは変わらない。
何せ三枝は、学年トップの生徒なのだから。
「…そうね。だから、今から一緒に…どう?」
「ぇ……」
だから、そんな予想外の誘いに、自分でも滅多に出ないような声が出た。
分からなかったのだ。意味が。状況が。展開が。
心の準備も、何も無い。
というか、なぜそんな風に準備がどうとかって思考に行き着くのかが分からない。
いつも通り、普段の通りに、そうあればいいだけなのに。
「お願い、します…」
そんな、振り絞るような声で言ってしまっている。
遠慮してるようで、だけどそれを振り切るような、嬉しさを隠すように出した声色。
緊張しているのはきっと、バレバレだった。
胸の高鳴りが大きすぎる。
今回勉強をするつもりは、正直なかった。それよりも目標達成を一番に考えてしまっていたから。
けれど、それができる機会を、三枝が与えてくれたことか嬉しくて、一瞬だけ目標のことを忘れそうになった。
少しだけなら、良いよなと。
学生の本分は勉強だと、自分に言い聞かせて。
僕らはようやく、相生の家をあとにするのだった。
そしてその後、試験勉強を目的に、僕らがやってきたのは特別珍しい場所という訳ではなかった。
なぜならそこは、舞鳳の敷地内にある大図書館。
そう、僕たちは来た道を引き返してきたのだった。
「まあ、お金使わずにここより色々揃ってる場所なんてないからな……」
そうは呟いたものの、不満なんてあるはずがない。
そもそも、図書館はよく利用する施設な上に、1人ではないのだから。
まあ、勉強を外でする予定じゃなかったので今日授業があった教科以外の教科書ノートは家にあるんだけど。
試験前だって頭になかったからなあ……。
けど、そんなことは些細な問題だった。
「数学は今日やった箇所まで範囲だから、課題から先に終わらせましょうか?」
「異論なし」
自動ドアをくぐってから、受付の前を通り過ぎていく。
どうやら今は席を外しているみたいだった。
少し歩いていくと、6人ほどが固まって使えるようなテーブルが点々と設置されたエリアにでる。
2人で利用する分にはあれで問題ないなと思って近づいていく。三枝もそれは了承しているようだった。
そして、次の瞬間である。
僕が先に席に着いて、鞄から道具を取り出そうとした時のこと。
「へ……?」
てっきり向かいの席に着くと思っていた三枝が、僕の右隣に腰を下ろしていた。
その位置関係は、あまりにも普段通り。
異なるのは物理的な2人の距離。同じ机を使う以上、2人の間のスペースは、教室のそれとは全く別だった。
要は近い。意識せざるを得ないくらいに、近く感じた。
一瞬だけ、なんで?と思うまでにラグがあった。
けれど、そんな僕の素っ頓狂な声に対して三枝の反応はなかった。
聞こえなかったか……と胸を撫で下ろす。
彼女の様子は普段通りで、何も言わず一度だけ僕の方を見て、少し表情を緩めてから、集中した表情に戻っていく。
その外見から抱くことのできる朗らかな印象からは想像できないくらいに、彼女は真面目で、厳正で、どちらかといえばクールな様相を見せることが多い。
動揺した姿を見たことはなかったし、誰に対しても同じ態度、同じ人当たりの良さで接することのできる、同い年とは思えない女子。
ある種、尊敬の念を抱いていると言っても良かった。
「………」
「………」
ここは図書館の中。
あまり声を出していい場所では無い。それ故に、2人とも無言でいる。
けれどそれは、心地の良い静寂。
気まずさのかけらもない、自然で無垢なる空間。
意識は既に机の上の教材に向けられていて、お互いのペンが紙を撫でる音だけが聞こえてくる。
それは、何とも言い難い特別感だった。
ほんの数十分後に、横槍が入るまでは。
『目標:"SHOYU"に寄る』
『達成期限:今日の19時まで』
「……は?」
"SHOYU"について、一瞬だけ疑問に思ったけどすぐに答えは出た。
いつも春川駅を降りる時に見えるスーパーマーケットの名前である。というか、駅から最も近いスーパーだ。
結構大きめのスーパーで、衣服や日用品まで割と何でも揃えられる。電化製品もあるので、困ったら駆け込める場所でもある。
さすがに家電量販店とは比べられないけど。
まあ、大抵の人は駅構内のショッピングモールだったりで用を済ませられるので、SHOYUの方には手頃な価格を求めている人が多い。
「……悪い三枝。用事を思い出した」
ふと時計を見て、つきたくもない嘘をつく羽目になる。
19時まではあと約1時間ほど。
余裕があるといえばあるし、けれど油断すると期限を破りかねない時刻だった。
ここから駅までが約10分、電車移動が10分弱という計算。春川からスーパーまではすぐだから計算に入れなくても良いとして、かなり甘く見積もっても、余るのは30分といったところ。
内容が移動の目標は正直、トラウマなのである。
あの時植え付けられたペナルティへの嫌悪が、体を動かし始める。
内心では嫌なのに、バタバタと慌てるようにして支度を始めるのだ。
そんな僕に、三枝はただポツリと。
「そう。もうこんな時間なのね」
時計を見て、言葉を漏らしていた。
「ほんとごめん!」
それは、何に対しての謝罪なのか。
勉強の誘いに乗っておいて、それを中途半端にいきなり投げ出す不義理からか。
静寂に心地良さを感じて、ろくに話を振ることもできなかった臆病さを恥に思ってか。
自分でもよく分からなかった。
「気にしないで。でも、急ぐなら気をつけて」
三枝は、手を止めていた。
その言葉には、優しさが込められていて。
けれどその表情は、少しだけ残念そうで。
ただの思い込みかもしれない。
所詮普通の人である僕には、人の気持ちなんて分かるはずもない。
「ありがとう」
だけど僕はやっぱり、心の中でごめんと謝るのだった。




