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BLUE PRINT  作者: 椎名悠
第1章「Meteor Crisis」
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第3話「流星 -Meteor-」

第3話「流星 -Meteor-」

「ぐっ……。仕方がないですね、分かりました。……引き受けますよ」


「ほんとすまん!伊崎、恩に着る!」


「……今回だけ、今回だけは特別です」


 それは、翌日の校内でのことだった。

 2限が始まる前にお手洗いへ向かったあとで、職員室の前で担任につかまってしまったのだ。

 内容は欠席した生徒への届け物のお願い。


『明後日が提出期限なんだよ。あいつ一昨日から無断で欠席してるし、できれば今日中には届けないと』


『なぜそれを僕に?』


 先生の怠慢だろ、と心の中で突っ込みながら嫌ですという意味を込めた返答。

 あいつの無断欠席なんて今に始まった話じゃないし、一昨日にでも誰かに頼むか自分で届けに行けば良かったのに。


『いや先生もな、そろそろ動かないとまずいなって思ってたところに伊崎が通りかかったものだから』


『じゃあ動いてください』


『そうしたいのはやまやまなんだけど、今日は午後から集まりがあってだな……。ああ、誤解するなよ、プライベートじゃなくちゃんと仕事だ』


 なら明日にでも、と言いかけてやめた。

 届け相手があいつなら、今日渡そうが明日渡そうがどうせ変わらない。

 何も書かず、提出もせずに我関せずを貫こうとするだろう。

 学校側は渡している、というスタンスでいたいだけ。不登校だし、未記入で通しても良いかもしれないんだろうけど、去年は本当に大事なものは僕が無理やり書かせるか、代理で記入してたし。

 なんであいつ進級できたんだろうな……。


『僕はもうクラス委員じゃないんですが』


『なら……、三枝に頼むか』


 あんたの中にはどうやっても自分で動くという選択はないのか!と嘆く。

 まあたしかに、先生が言っている通り、どうしても動けない理由がある可能性だってあるのかもしれない。

 でも、三枝に僕と同じことをやらせるのは違う。

 それは単純に、僕が嫌だというわがままでしかなかった。

 だから、引き受けるしかなかった。


「三枝を人質にとられたら断るわけにはいかないじゃないか……」


 予鈴までは多少の余裕。

 担任から渡された数枚のプリントを手に、僕は教室へ戻るのだった。

 戻ってから三枝から開口一番にプリントについて聞かれたけど、真実は隠しておいた。


「相生のやつ……」


 進級し、クラスが変わったというのに未だ不登校を貫いている同級生の名前。

 あいつが居ないのなんて、今に始まったことじゃないのに。


「………」


「どうかした?三枝」


「伊崎くんって、本当お節介よね」


「?それってどういう」


「…相生さんのこと、頼まれたんでしょう?」


 しまった……。

 聞かれちゃってたか。相当小さい声だったはずなんだけど。というか、実は自分でも呟いたかどうか分からないくらいだったんだけど。


「ばれたか」


「……伊崎くんさえ良ければ、なんだけど」


 良くない、なんて言うわけが無い。

 なんでも言ってくれて構わない。


「私も一緒に任されてもいい…?その頼まれごと」


「良いに決まって、る…だ、ろ」


 即答するつもりで繰り出した言葉がしりすぼみになる。

 それが、全く予想してなかった申し出だったから。

 任せる訳にはいかないと思っていた本人から任されたいと言われてしまったから。

 弾みで出した答えはもう、否定できない。


「じゃあ、放課後はよろしく。言質はとったから」


「……よろしく」


 相生のやつと三枝を会わせたくなかった、なんて言えない。

 それこそ本当にただのわがままなんだから。

 何も、不都合なんてないはずのにな。

 予想外の展開に少しだけ混乱する頭は、予鈴の音で少しだけ、正常に戻れた気がした。


「あ、伊崎くん!こっちこっち!」


「か、桂木……。あんま大きな声出さない方が」


 昼休み。

 僕は桂木との約束を果たすため、人目を気にせず彼女と話すことができる場所で待ち合わせをしていたのだが。


「にしても……まさかこんな穴場があるとは」


 その場所というのが、今まで行けるとさえ知らなかった校舎の屋上なのは予想外だった。入学時からずっと封鎖されてるイメージしかなくて。

 それはさておいて。

 つまり今居るそこは校舎の最上階。

 階段の前なので、普通に生徒たちの往来。しかも上級生らのフロアということで、僕からすれば完全にアウェー。

 何より彼女は人目に付くし、実際かなり僕はそわそわしていた。

 当の本人は完全に慣れきってるようで、全く気にしてないようだったけど。


「事前に先生にお願いして鍵は借りてきてるんだ」


「あ、普通に借りれるんだ?」


「基本的には封鎖してるって聞いてるよ。だけど、屋上の掃除をする代わりってことで」


「……なるほど」


 誰が、なんて無粋なことは聞かないでおく。答えの出きっていることを質問してもしょうがないし。

 まあ、一言言って欲しくはあったけど。

 あまり訪れないフロアで辺りを見回してしまう中、扉の前の物が目に付いた。

 パイプ椅子が3つ程立てかけられており、その用途に思いを馳せる。

 それはもう屋上で使うためと言っているようなものじゃないか、と。


「たまに、放課後1人になりたい時とかは、同じような条件で借りてたの。って、これ、ある人の受け売りなんだけどね」


「そんな裏技を知ってる人が居るんだ?」


「もう卒業しちゃったけどね。去年、色々と相談にのってもらってたんだ、共通点も多かったから」


 それは私が勝手に思ってるだけなんだけどね、と続ける桂木。

 その様子は少しだけ寂しそうで、今こうして話している今も思い返していたのかもしれない。


「んー。いい天気。伊崎くんもそう思わない?」


「たしかに。これは気分良いや」


 慣れた手つきで鍵を開けた彼女が扉を開くと、雲ひとつない一面の青い空が出迎えてくれた。

 持ち込んだパイプ椅子を開き、柔らかな風に吹かれる僕たち。

 辺りはもっと汚れているかと思ったが、結構あちこちまで掃除の手が届いているみたいで、野ざらしにしては清潔な印象を抱く。

 とはいえ、ここを掃除か……という感想が浮かぶ。

 結構広いし、1人だと大変だっただろう。


「どう?結構綺麗でしょ」


「正直びっくりしてる。さっきからずっとだけど」


「なので、お昼ご飯を落としたりしなければ特に掃除の必要なし、というわけです」


 そう言って彼女は、手に持っていた自分の弁当箱をそっと膝の上に置く。

 ランチョンマットに包まれたそれは、一目で栄養バランスが考えられたものだと見て取れた。その一番の理由は見てくれがカラフルだったから。

 具材が偏ってない=バランスがとれている、という解釈である。

 本当はきっと、カロリーとかも考えられてるんだろうなとか勝手に思っていた。


「まずはお昼、済ませようか」


 そう言って彼女が手を合わせた後、僕の方も手首にかけていたランチバッグから、今朝駅で買ったパンを取り出す。

 いただきます、と手を合わせて食いつこうとした時のことだった。


「良かったら食べる?」


 そんな風に、なんて事ないように、桂木から声が掛かる。


「そんな、悪いだろ」


「実はちょっと作りすぎちゃったな、って思ってて」


「………良いのか?」


「それは私のセリフ。口に合うかどうかは分からないけど……」


 そういえば昨日、料理が趣味って言ってたっけ。

 正直、そんな質問はするだけ無駄なんだよ桂木。

 だって、誰だって断らない。

 たとえ満腹の状態だったとしても断らないやつの方が多いんだよ、うちの学校の男子の場合。


「それじゃあ、……遠慮なく」


 僕はランチバッグの中から取り出し損ねていた割り箸を開けて、彼女の弁当箱へ向ける。


「その、どれがいらない?」


「もうっ。そういう時は一番の自信作を聞いてよね。人様に食べさせるんだから」


「わ、悪い。じゃあ、どれが自信作?」


 聞いてみて自分でおかしくないか、と心の中がザワついた。

 なんか微妙に噛み合ってないような。

 だってこれじゃあ最初から食べさせようとして作ったみたいじゃないか。


「これとか、かな」


「じゃ、じゃあ、本当にもらうぞ……。いいんだな?」


 コクリと首肯する桂木。

 僕がいただいたのは、所謂お弁当の主役的存在である唐揚げだった。

 複数個入っていたことや、彼女自身のおすすめということもあり、1ついただく分には他の具を頂戴するよりも罪悪感が少なかった。


「……美味い」


 しかも、味付けが好みだった。

 久しぶりに頬が落ちる感覚を味わったような気さえした。

 参った。

 どこまで男子学生キラーなんだ桂木は。

 可愛くて、人当たり良くて、教師からも信頼されてて、その上料理も上手い、とか。


「ふふっ。ありがとね」


「お礼を言うのは僕の方だよ、ありがとう。一口でも、かなり満足だった」


「一口だけで?」


「一口だけで。さすが自信作、めちゃくちゃ美味しかった」


 一口でまるまる1個を食べたのははしたなかったかもしれない。

 でも許して欲しい。一口齧ったあとの唐揚げを箸で保持したまま落とさずにいられる保証がなかったんだ。

 落としたら本当にもったいないし。


「……相談に乗ってもらう分、これくらいはね」


 そんなに大事なのか、と心中でボヤく。

 考え方によっては唐揚げ1つ分の相談でしかないのかもしれないが、そこに桂木優里のという付加価値が加わるだけで、一気に重要度が上がったように錯覚できる。

 だけど、今この時は彼女がわざわざ1日欲しいと言ってまで作った時間。

 錯覚も何も、実際大事であることを疑うはずがなかった、


「それじゃあ、本題に入ってもいい……?」


 ごちそうさまでした、とお互いにお昼を片付けてから、向き直る。

 真正面から見据えた彼女が、ネクタイではなくリボンを付けていることにこの時初めて僕は気づくのだった。


「……ああ、けど、その前に」


「え?」


「桂木はいいんだな?それを話すことで、君に何かあったりするならそれは……」


「大丈夫。ありがとう、心配してくれて。だけど……、最初に謝っておくね」

「巻き込んじゃって、ごめんなさい」


 そうして、桂木はポツリと話し始めていく。


「私ね、常に見張られてるんだ」


 それは、上手く飲み込めない語り出しだった。


「最初はね、ただの被害妄想だって思ってた。誰かに監視されてる、とか、誰かに尾行られてるんじゃないか、とか。そういうの、一旦考えだしたら止まらないっていうか。どんどんドツボにハマっていっちゃって」


 苦しむ、というよりは困惑の念が込められた、彼女の声色。

 なぜそんなことを、という本気の疑念。


「春休み頃から、SNSで必ずある言葉を見るようになった。そして私が投稿する度に、その言葉を名前に持つ人達に張り付かれて、私があえて書いていなかったことを、勝手に補足したりして……。同じ文字が、蠢くの」


「ある、言葉……」


「その言葉を共通点として持つ人たちが、私を偶像として持ち上げているのかもしれないって、馬鹿な私でも何となく…分かった」


 彼女はきっと、自分の知名度や人気を履き違えるような人物ではない。

 自分の影響度やパーソナリティを理解している。

 桂木優里のファンは校内に多数存在する。舞鳳祭を経た今、下手したら内外を問わなくなっている可能性も捨てられない。

 彼女はそれを、知らないで居られるような人物じゃないのだ。


「だから私、昨日あのバッジを届けに来た男子を見て、内心は心の底から驚いてた」


「だってそのバッジに書かれた名前が、その言葉そのものだったから」


「馬鹿だよね……。それで自分のバッジの存在を思い出して、それで舞鳳祭と関係あるんじゃないかって考えついたんだから」


「その言葉が、"ミーティア"。去年の舞鳳祭のスローガンにして、実行委員会の名前。そして…、歴代から続く、ミス舞鳳大附ファンクラブの通称なの」


 ミーティアが持っていた、もうひとつの意味。


「桂木は、いつからそれを?」


「クラブの存在を知ったのは進級してすぐ、生徒会に相談したときのこと。その時に会長が教えてくれたんだ」


 ミーティアという言葉とファンクラブが結びついたのもその時だったと語る桂木。

 明楽が言っていたのはこの時のことなのだろう。


「それからはSNSをぱったり止めて、そのおかげかどうか分からないけど、ファンクラブの動きを見ないで済むようになった」


「だけどそれって、何も解決は……」


「……うん。してない。でも、見ないでいられるだけで、前より怯えないで済むようになった。少なくとも、外に出たくないと思わずに済むようには」


「見られたり、つけられたりっていう感覚は今でも?」


「ないと言えば嘘になる、かな。あなたと一緒に居ても、見張られているような気がする」


 話を聞いてみて、彼女の被害がストーカー被害と何ら変わらないことに腹が立った。

 いくらファンクラブでも、やっていいことと悪いことの区別さえできないのかと。

 そしてそれが、自分と同じ学生の手で行われている可能性があることに、戦慄していた。


「教師に相談は……?」


「相談はしてるけど、ファンクラブのミーティア自体が非公式みたいでね。ミーティアって言っても先生方は実行委員会の方を調査してるみたいで、あまり進捗は良くないみたい」


「それは……想像に難くないや」


 もしかしたら、さっきの先生が言っていた集まりっていうのはミーティア関連なのかもしれない。

 ……いや、何でもこじつけるのは止めよう。証拠がないし。


「メンバーは不明、数も不明、分かっているのは昔からずっと続いていて、存在しているということ。SNSで使われていたアカウントも何度も削除と作成を繰り返している捨てアカウントみたいで」


 不特定多数のファンたち、か。

 素性は分からないし、どれだけの規模かも今のところ掴めない。

 ただ桂木優里の、というよりはミス舞鳳大附に輝いた女子生徒のファンクラブとして存在している、というのは新しい情報だった。

 全員が全員、そんな迷惑行為に手を染めているとは考えづらいけど……。


「でもね、一つだけ嬉しいことがありました」


「え?」


「登校時間を早くして、朝だけは解放された気分で過ごせるようになって一月が経って、そして、あなたと知り合えた」


「そ……」


 それのどこが、と言いかけてやっぱり止める。

 口を挟むより、聞きに徹する方が良いと思ったから。


「一目で、私に協力してくれる人だって思ったんだよ?だって、わざわざ落し物のために、息を切らしても追いかけてくるような人だから」


「……気づいてたんだ?」


 それは、昨日僕が駅から全力疾走したこと。

 落し物を届けるために、と。

 でもそれは違う。あの時の僕はまだ、落し物の存在を知らない。だから話を聞こうと追いかけたんだ。


「そういう感覚は、尖らせてたつもりだから。私を追ってきてるかも、勘違いであって欲しい、って」


「ごめん。怖がらせてたんだな」


「…ううん。だって、声をかけられて拍子抜け。純粋な善意で私の元へ来てくれたんだって、そのためにずっと走ってきて、呼吸が整えきれてないのにまるで必死じゃない風に装って」


「………」


「亜子からあなたのことを聞いた時、確信に変わった。あなたはきっと、断らない人なんだって」


「そんなこと…」


 無いとは言えない。

 だから普段はそもそも頼まれないような空気作りに勤しんでいるつもりだった。

 そういうの、嘘だって分かるやつには気にせず頼まれちゃうんだけど。


「昨日二人で話してみて、あなたがこれ以上ないくらい私の味方をしてくれる人だって、勝手にそう思った」


 それを否定するつもりはなかった。

 でも、その根拠となる僕の気持ちの源泉は自然に発生したものなのか。

 それとも、目標によって揺り動かされているが故の義務感からくるものなのか。


「だから、改めて、お願い…します。私に協力、してください。ミーティアを、少なくとも今のミーティアを、なんとかしたいの」


 渦巻くのは、本当にそんなことができるのかという疑問。

 だってこのまま頷くと、きっと目標が立てられる。

 達成可能かどうか、本当の意味で分からない目標が。

 でも、そこまで言わせて引き下がるなんて、選択肢は無かったのも、きっと事実だった。


「なんとか、するしかないよな。そりゃ」

「……うん。手伝うよ、桂木。微力かもしれないけど、力になりたい」


「ありがとう……」


 そもそも、できるかどうかでやることを決めてきた人生じゃない。

 やるべきだからやってきたし、やりたいと思ったからやれた。

 だから、断ることなんてしない。

 相談を受けると決めた時点で、それは揺らぐはずがなかったのだ。


「あ、そういえば昨日届けたあのバッジの正体って……もしかしてクラブの…?」


 話の区切りが着いて、どこか緊張したような空気だったものが、弛緩していく。

 頭の中が整理できてきた僕は1つだけ、今気になっていることを聞いてみた。


「うん。ミス舞鳳大附…つまり私のファンクラブの人のもの、だと思ってる。実行委員会の人のものだっていう可能性が0だとは言いきれないけどね」


「あれ自体が、ファンクラブのメンバー証明になってたり…はしないかな」


「どうだろ…。クラブの名前がミーティアってことは生徒会含めて、一部の生徒は知っているわけだから、否定はできないけど……」


 その一部の生徒は、かなり限られるはずだ。

 "Meteor"という言葉を受けて、連想するのは祭に関連することであるという生徒の方が一般的だろう。特にスローガンだった去年と、それを経ている今年は。

 でも彼女はさっきこう言った。

 ''歴代から続く"ミス舞鳳大附のファンクラブだと。

 ならば本来、この学校内で"Meteor"が指す意味だったものは……。


「去年の実行委員会の方が、ファンクラブから名前を借りた、のか……」


 まだ、明確かつ確信が持てる答えは出ていない。

 根拠がないし、調べなければいけないことが残っているから。

 だけど、そんな僕の思考をよそに、解答は自ずと主張してくる。


『目標達成』


『目標:ミーティアへの加入条件を知る』

『達成期限:5月19日の放課後まで』


『目標:ミーティアに加入/潜入する』

『達成期限:5月20日の放課後まで』


『目標:ミーティアを壊す、もしくは変える』

『達成期限:6月1日まで』


 もはや驚くことはない、目標達成の文字。

 けれど驚くことになってしまったのは、同時に3つの目標が追加されたから。

 バッジの意味を知るという目標が達成された今、桂木との会話で明らかになった事実こそがバッジが示す事柄だったということになる。

 根拠なんて、ないのに。

 この目標達成の文字が、根拠になってしまうのだ。


「そうと決まれば、ミーティアについて調べないと」


「うん!あ、そうだ。これ、伊崎くんが持っておいてくれないかな?」


 そう言って桂木が差し出してきたのは、彼女が去年もらったというMeteorバッジだった。

 相変わらず、包装はされたまま。開けて1度取り出したという痕跡は見られなかった。


「もしメンバーの証明に使われているのなら、きっと役に立つはずだから。必要とあらば、開けちゃっていいからさ」


「……そうだ、な。ありがとう、遠慮なく受け取っておくよ」


 突然の3つの目標に少しだけ上の空だった僕は、彼女の差し出しを断らなかった。

 6月1日。それが僕にとっての、彼女の悩みを解決するための最終期限。

 なぜ、一週間以上も空くのかなと疑問に思ったけど、推測は容易だった。というか、今思い出した。


「来週、試験だったなそういえば……」


 本来なら、試験勉強期間に突入しているはずの日にちであることを、今の今まで失念していた。

 まずい…けど、特別一夜漬けとかをするほど焦る必要はないはず。


「良かったら、一緒に勉強する?」


 そんな、嬉しい申し出に、即答したい気持ちを抑える。

 まずは、一段落つけてからだ。

 それに今日の放課後は都合が悪い。


「明日、からでも良いか…?」


「うん、全然オッケーだよ。場所は…えっと、後で話そうか?」


 言いつつ彼女は自分のスマホを取りだしていた。

 その行為が何を指すのか、わからなくて一瞬だけ頭が真っ白になる。


「私のL〇NE…、あ、もしかしてやってなかったりする?」


 携帯番号の方がいい?、なんて彼女が続けるものだから、ようやく察することができた。

 僕は馬鹿だ。


「い、いや、やってる。ちょっと待って…」


 番号の方もぜひ、なんて風に言えるのなら僕はクラスメイト全員ととっくに友達になれているだろう。

 委員として動くために、という事情が消えてしまった今年は能動性を無くしていたのは事実。その分一日で背負うストレスが減ったので楽になったのはそうなんだけど…。

 僕が出しゃばると三枝に悪いよな、という気持ちが勝つ。なので、教室内では目立たないように心がけているつもりだった。


「はい、これで完了っと。いつでも気軽に連絡してくれていいからね?」


「分かった。進捗があれば必ず連絡するよ」


「なくても連絡は一向に構わないんだけどなあ…」


「……善処します」


 深くは突っ込まないぞ。

 そんなに長話をしたわけじゃなかったけど、屋上に着いてから気づけば30分が経過していた。

 と思った矢先、L〇NEの通知でスマホが震える。


『これからよろしくね伊崎くん』


 そんな、挨拶の下には可愛らしいゆるキャラのスタンプ。

 こういうの、知ってたらもっと話が弾むんだろうけどな。見た事はあるけど、名前が思い出せなかった。


『今日の放課後は何か用事?』

『聞いてもいい?』


「……桂木。目の前に居るんだから、直接聞いてくれていいよ」


「ごご、ごめんね。でもでも、伊崎くんだって悪いんだよ!?私だって、面と向かって聞くのは緊張するんだからね?」


「…ごめん」


 それは、自分から話を切り出してくれってことなのか桂木。

 基本的に、聞きに徹するスタイルなことが裏目に出てしまったようだった。


「ええと…今日の放課後はクラスメイトに届け物しなくちゃならなくて」


「ふぅん。伊崎くんってクラス委員だったり?だったら、仕方ないね」


 納得納得、と続ける桂木。

 ニコニコしながら、うんうんと頷く様子は本心から納得しているみたいだった。

 こうして見てみると、本当に感情表現豊かな子なんだなと思う。

 こういうとき、三枝の姿が浮かぶのはどうしてか。

 比較対象が少ないからかもしれないけど、すごく新鮮だった。


「いや、今年はクラス委員じゃないよ。けど、頼まれちゃったからさ」


「えぇっ!?もも、もしかして、クラス委員から?」


「え!?いやいや、それは違うって!担任から、直接…」


「…委員さんにはお願いしないんだ?」


「三枝にこんな雑用させられないっ、て……あっ…」


 本当に、言うつもりのなかったことなのに。

 弾みで出てしまった本音が、沈黙を引き寄せる。

 何やってんだ本当に。三枝は、僕の頼まれごとに直接関係ないだろ…。


「…三枝って、もしかして三枝心波さん?あの、学年首席の」


「そ、そうだよ。そんでもってG組の今のクラス委員。頼まれ事が頼まれ事だからさ、本当。ただの雑用なんだよ。だから三枝がやるまでもないって言うか、そんな事で勉強時間減らさせたくないっていうか」


 聞かれてもないことまでスラスラと。

 思ってもなかったことまでズケズケと。

 矢継ぎ早に紡いだ僕の言葉に、桂木が引かない道理はなかった。

 うん、絶対引かれたな……。


「仲、良いんだ…?」


「………。そうだといいな、とは思ってる」


「ふぅん」


 な、なんか引かれてはなさそう?

 けど、微妙に誤解されてるような。


「な、なんか誤解してない?」


「何を?三枝さんと伊崎くんの仲が良いっていうのが誤解なの?」


「それはっ……誤解、じゃないと思います」


 それは否定したくてもできないし、そもそもしたくない。

 あれ、おかしいな。

 心臓がバクバクいってるのはなんで?

 どうしてこんなにうるさくなってるんだ。


「それにしても……三枝さん、か……」


「何か言った?桂木」


「…ううん。なんでもないよ」


 何か言ったと思うんだけど。

 鳴り止まない動悸を抑えようと、集中していたせいか定かではなかった。

 耳は悪くないはずなんだけどな、僕。

 静まってくれ心臓。

 

『強敵、だなあ……』


 その時、消え入るように、だけど続くように呟かれていた彼女の言葉。

 僕には聞こえていなかったその言葉。


 それが意味することを、僕はまだ知らない。

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