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BLUE PRINT  作者: 椎名悠
第1章「Meteor Crisis」
2/6

第1話「目標 -GOAL-」

第1話です。

よろしくお願いします。

『目標:帰宅する』

『達成期限:今日の19時まで』


「は?」


 それは、突然の主張だった。

 ゴールデンウィーク。その最終盤という、こどもの日の夕方のこと。

 特に目的なくショッピングモールに来た僕は、本屋とか百貨店をブラブラしていた。

 そんな折、噂の占い師がモールの中に構えているというチラシを目にしたので、せっかくならと向かったのだ。

 少し並んだが、やがて出迎えたのはまだ20半ばといった雰囲気の若い女性。促されるまま腰をかけると、いきなり今日が僕にとってめでたい日であると当てられた。

 そのことに驚きつつ利用料金を直接渡しながら、目の前の人の占いを信じてみてもいいかもと思った矢先のこと。

 突然女性の背後にある鍵のかかった小箱がひとりでに開いて、妙な音を聞いてしまった。心経のような、無機質で淡々とした、日本語かどうかも分からない文字の羅列。

 女性は聞かないでと大声を上げながら、その小箱を閉じ鍵をかける。

 驚くべきはきっと、その小箱が勝手に開いたこと。

 思い返してみれば、オルゴールに見えなくもなかったそれが繰り出した音のせいで僕はどうやら、おかしな事になってしまったらしい。


「ごめんなさい。あなた、呪われちゃったかも」


 祝福ではなく、呪われてしまったと。

 それが、僕がこの体質になってしまったはじまりの日。

 何を隠そう、その日は僕の誕生日だった。


「もしかして、もう見えちゃってる?」


 それが何を指しているのか、考えるまでもなかったと思う。

 "目標"、"期限"と主張してくるその文字たちは、あまりにも不自然に、だけど風景と同化したかのように自然に浮かんでいた。

 字の明暗がはっきりしているわけではない。むしろ薄暗い占いの館の中ではどちらかといえば読みづらいはずだった。

 だというのに、目を凝らさなくても、読もうという意識を向けただけで何と書かれているかが分かってしまう、おかしな状態。


「いい?なるべく……いや、というより絶対。目標の内容が何であっても、期限を破らないように気をつけて」


「私のせいだし、本当申し訳なく思ってるけど、現時点でそれを治す方法はないの」


「これ、私の連絡先。こうなった以上、できる限りのサポートはしてあげる」


「話はあとで。とにかく、今見えてる目標を最優先にして。いい?絶対に期限に気を付けてね」


 間に僕が何を言っても、占い師はいそいそと撤収の準備を進めながら淡々と一方的に話すだけだった。

 いや、確かに僕の方も「は?」とか「え?」とかしか言えなくて会話のキャッチボールになってなかった感は否めないけど。 

 ただ、帰宅するという目標だと告げると、占い師の表情は少しだけ安堵したように見えた。

 そして最後に、お代は結構、と払う筈だったお金を返され、追い出されてしまった。


 追い出されたのが17時で、期限までは2時間の猶予があった。

 徒歩含め電車移動だと1時間弱で自宅には着くという計算だったので、すぐにモールを出れば絶対に間に合うはずだった。

 その後起きた2つの不幸が邪魔さえしなければ。

 電車の運休によるダイヤ変更。

 交通事故によるバスの大幅なダイヤ乱れ。

 ゲリラ暴風雨によってもたらされた2つの出来事が、同時に起きてしまったのだ。


 結果として、僕はこの目標を達成できなかった。

 色々と判断ミスをしたのも原因の一つだったりする。公共の乗り物を使わずに何とかしようとしたのだ。最寄りのバスや電車をつかわず、徒歩で帰ろうとしたり、な。

 そして、自宅に到着したのは19時15分。

 びしょ濡れの状態で、なんとかたどり着いたのだ。

 視界にあった文字列はフッと消え去り、僕は強烈な頭痛によって意識がシャットアウト。母いわく、玄関で倒れてしまっていたらしい。

 この後2日間まるごと、高熱でうなされてしまったのだ。

 タチの悪い風邪をひいた、ということにはなっているものの、僕自身はこれが目標を達成できなかったペナルティだと思っている。

 地獄のような2日間だったから。

 寝たきりかつ、ずっと苦しかった。これまでのどの風邪をひいた記憶よりも辛かった。この2日間は寝て起きても全く熱が下がらなかったのに、2日間を超えた瞬間に急に楽になったのだ。

 だから僕はこの日から、期限を破らないように、そして目標を無視しないように、過ごし始めた。

 それが授業中であっても、入浴中であっても、まず意識を向けるようになったのだった。


■■■■■■■■■■■


「それじゃあ、また放課後。よろしくね!」


「あ、ああ」


 とうとう教室の前まで一緒に来てしまった僕たちだったが、A組とG組の教室の距離は物理的にかなりあるもので、必然的に廊下で別れることになる。

 配置が真逆なので、向かう方向も別なのだ。

 なので彼女の後ろ姿を見送る訳でもなく、僕も自分の教室へと向かう。

 正直、彼女に話しかけてからたった5分やそこらだったはずけど自分が何を話していたか覚えてない。

 なんなら多分、相槌しか打ってない可能性だってある。

 だとしたらかなり印象悪い、よなあ。


「もうちょい気を利かせろよな、本当……」


 かなり情けない。

 きっと今の僕が歩く様は、トボトボと言う表現が相応しいだろう。

 辿り着いた目的地は、空っぽの部屋。

 一番乗りの、2年G組教室だった。


 電気をつけて、自席に着くと、何だかどっと疲れが押し寄せてくる感覚がやってきた。

 朝イチなのに。これから1日が始まるというのに、既に疲れている自分に呆れてしまう。


「ふああ……」


 今日一番の大あくびが出た。

 誰もクラスメイトがまだ来てないからこそ、大袈裟に感じるくらい大きく口が開いた。

 瞼が重かった。

 チャイムが鳴るまでまだ30分以上ある。少しだけ寝ようかと、頭の中が空っぽになっていく。

 その中で、本来なら抱えていたはずの疑問をようやく自覚できた。


「"目標達成"ってなんだ……?」


 今まで、目標を達成できた場合、文字列はひとりでに消えて、再び出現させることができなくなっていった。達成できなかった場合も同様で、早い話が文字列が達成できたかどうかを教えてくれるような仕組みではなかったのだ。

 更になんと言うべきか、見慣れない文字列がいくつも出ていたことを、改めて不思議に思う機会に至った。

 ひとつは目標達成という文字の出現。

 もう1つは報酬という文字の出現。

 そのどちらも、初めて見るものだった。


「知り合いになりました、って……。ゲームじゃないんだから」


 それじゃまるで、彼女にまでこの呪いが影響を及ぼしているようじゃないか。

 そんな、馬鹿馬鹿しい思いつきをすぐに投げ捨てる。

 そりゃあ、初対面の学園のアイドルと知り合いになれたことが報酬かそうじゃないか、どちらかといえば報酬といえるだろうけど。

 いざ文面にされると、なんともむず痒いものである。


「近くに交番、あったっけ」


 そして、連鎖的に発生した次の目標。

 これも初めてだった。


「あ……」


 やっと、気づく。その内容が示すこと。

 そのおかしな事実と、現実に起きていることのズレに。

 あのバッジは彼女の落し物じゃなかったってことだよな……?

 さっき飲み込んだはずの事実を、もう一度咀嚼する。

 だとしたらなんで、目標達成になったんだ?


 そういえば最初の目標は、どんな文面だったっけ。

 正確な文章が、思い出せない。

 今となってはもう浮かばないその文字列に、答えは眠っているのだと思う。


 でも、もうそんなことはどうでもよくなっていた。

 だって、目標達成と示されたのだから。

 なぜ?と思うこと自体、そもそもおかしいのだ。


 ただ、そうあるのだから、それでいい。


 数秒前に思い至った疑問。

 それに対する興味はもう、失せていた。


■■■■■■■■■■■■■■■


「い。……い。…おーい。陽太ってば」


「……ぅん?」


「あ、起きた。チャイム鳴ってるぞ?」


「ぁ……。わ、悪い。ありがとう明楽」


 どうやら眠りに落ちていたらしい。

 時計の針はとっくに始業の時刻を指していて、教室の中はさっきまでと打って変わって生徒でいっぱいになっていた。


「良いって……あ、やっぱ撤回。何か手貸してもらおっかな〜」


 そんな風に僕を起こしたそいつは、鷹峰明楽(たかみねあきら)というクラスメイトである。

 僕の席の斜め後ろに位置する都合上、教室内での関わりが多いのはもちろんとして、去年も同じクラスだったことが大きい。クラス替えからまだ1ヶ月しか経ってないし。


「今日の放課後じゃなければいいよ」


「ほんとに?実はさ、クラブのことで手伝って欲しいことがって――――」


「おはよう、2人とも」


「ああ……おはよう、三枝」


 明楽の言葉を遮るように耳に届いたソプラノボイス。

 今日出席している生徒の中で僕にとって、明楽を除き1年の時から一緒のクラスだった生徒。

 三枝心波(さえぐさみなみ)

 2年G組のクラス委員にして学年首席の、知る人ぞ知る学園の優等生だった。


「話はまた後でな陽太っ!」


 明楽は慌てたようにゴソゴソと鞄から教科書を取り出し始めていた。

 どうやら、女子には聞かれたくない話らしい。

 何のクラブの話をするつもりだったんだよ……。


「お邪魔だったかしら?」


「いや全く。三枝が気にすることなんて何も無いよ」


「それは良かった」


 言いながら右隣の席に着く三枝。

 なんというかG組は、僕にとってものの見事に知り合いが局所的に固まったクラスとなってしまったのだ。

 冬織とは別のクラスだけど。


「結構ギリギリだったな、三枝」


「ちょっと、ね。去年の名誉クラス委員様としてはやっぱり気になりますか?」


「い、いやいや。ていうか何だよそれ」


「そうね、今でこそ私が委員長って呼ばれてるけど、私の中ではどうしても委員長は伊崎くんというか」


「ジャンケンに負けただけなんだよな」


「それで一年間まるまるやり通しちゃうんだから、流石よね」


「そんな事ないと思うけど」


 去年1年間をクラス委員としてやっていけたのは、僕たちが1年生という最小学年だったことが大きい。リーダー、仕切り役、という従来のイメージよりも教師と生徒の伝達役という働きの方が多かったから。

 学年が上がっていくに連れ、任されることは増えるし、何かとやりづらいことの数も前年の比じゃないと思う。

 だから自分からやると声を上げた三枝には感心している。こういうのってやりたがる人あんまり居ないし。


「じゃあ出欠取るぞー」


 三枝と話すこと数分もしない内に、担任が教壇に立つ。

 それで一旦楽しい時間は中断。

 1日の始まりを感じさせる、いつも変わらないスタートの合図だった。


「てかさ、陽太ってこの学校にファンクラブがあること知ってるか?」


 時は経ち、昼休み。

 今日も今日とて授業を乗り越えつかの間の休息の時間。

 食堂でランチを摂りながら、明楽が開口一番に聞いてきた。


「外部?内部?」


「内部。特定の生徒を対象にしたファンクラブだよ」


「マジで言ってる?」


「大マジ。普通に非公式だし、有志が立てたにしても規模が相当でかいと見てる」


「部活動とか同好会ってわけじゃないってこと?」


「そりゃまあ、ファンクラブなんて名目でクラブ活動が大々的に認められたらやばいだろ。生徒会何やってんだって話になる」


「でも事実そういうクラブが実在するんじゃないか、と」


「そうなんだよ……風紀委員会でもしょっちゅう議題に上がっててさ。調査を命じられてる」


 そういえばこいつ、風紀委員会所属だった。

 だから色々と校内の情勢とか詳しかったんだ。


「それ、僕に言っていいのか?」


「お前は100パー無関係だろ」


「む……」


 それはそれで何故かモヤッとする。

 校内の流行についていけてないと言われているようで。


「でも、そのクラブが実在するって根拠は?風紀委員会で上がってるってことはそれなりの理由があるんじゃないのか?」


「それがさ……。いいか、こっからは絶対に他言無用だからな。そして聞いた以上は絶対に手伝ってもらう」


「今更もったいぶるなって」


「…………。その特定の生徒から相談が直接、な。風紀委員長とか、生徒会長宛にさ」


「特定の生徒って……」


「桂木優里。お前も、名前と顔くらいはすぐに浮かぶだろ?何せ、同学年どころか校内きっての人気者だからな」


 ちょっと考えてみれば、思い至ることなんて容易いことだったのかもしれない。

 ファンクラブが立てられるほどの知名度、人気を誇る、学校内部の人物。去年のミス舞鳳大附で、届きそうで届かない場所にいると思っていた、別世界の同級生。

 そして、今朝初めて知り合った女子生徒。


「どうやら、被害妄想って可能性は低そうだな」


「お前もそう思う?だよな、桂木だからな……。ファンクラブの1つや2つあってもおかしくないんだよほんと」


「それは……言えてるかも」


 何せあの美貌、あのオーラである。

 各種メディアで広告に使われていると言われても疑わない。

 しかも今朝の感じだと人当たりも良い。つまり、人に好かれやすい性格をしていると思う。

 めちゃくちゃ綺麗で、めちゃくちゃ可愛い。

 容姿雰囲気だけでいえばクール然としているのに、接してみると朗らかでどちらかといえば温かみがあって人懐っこさを感じさせる小動物的ファーストインプレッション。

 およそ女性を褒める上で出てくる言葉はだいたい当てはまるんじゃないだろうか。


「その桂木優里ファンクラブを何とか見つけ出して、本人が嫌がっている以上は解体させなきゃならない」


「……桂木さんはどうやってそのクラブの存在を知ったんだろうな」


「直接聞きに行ったさ、そりゃ。でも桂木ってさ、ほら、中々会いに行けないじゃん。あんま教室から出ないし、こっちから会いに行っても、そういう生徒がやたら居るせいかクラスメイトが弾き出そうとしてくるし。おかげで直接詳しい話は聞けてないわけ」


「風紀委員としてって名目で会いに行けばコンタクトはとれそうだけど、周囲に動きが目立っちゃいそうだな」


「そうなんだよ。まさしくそう。てか絶対悪目立ちする。それは桂木としても望んでないだろ」


「そりゃそうだ」


 じゃなきゃこっそり風紀委員や生徒会に相談なんてしないだろう。

 そして、教師に相談するほどの大事にはまだ至ってもない可能性も高そうだ。

 本当に危機を感じていたり、そういう悩みなら生徒間だけでの問題じゃなくなってくるわけだし。彼女がそういう状況下で教師を頼らないようには思えない。

 もしかしたら、彼女自身がそう思い込んでるだけ、という可能性もあるっちゃあるけど……。

 とにかくそれは本人から直接聞かないとどうしようも無さそうだった。


「陽太にお願いしたいのはさ、一緒に桂木のとこまで来てくれないかっていうささやかな手伝いだったりする」


「おやすいごよう。これ、食べ終わったら行くか」


「話が早くて助かるぜ、委員長」


「……僕はもう委員長じゃないぞ」


「そうだった」


 昼休みが終わるまであと30分はある。

 A組にお邪魔するくらいの時間の余裕はあるだろう。

 食べ終わりを考慮しても、だ。

 と、そんなことを考えていた時のことだった。


『目標:2年G組教室に戻る』

『達成期限:5分後まで』


 そんな、よく分からない目標が突然出現した。


「はああ!?」


「うあっ!なに、どうしたんだよ」


「あ、いや、悪い。なんでもな……くない」


「え?」


「すまん!教室でやり残したこと思い出した。すぐ片付けてくるから先行っててくれ!」


「ちょ、おい!」


 そう言って残っていたご飯を無理やり口に詰め込む。

 呆然とする明楽を放っておぼんごと食器を下げに行く。

 すまん、怖気付いたとかじゃないからな。

 奴には謝罪の念を込めたアイコンタクトだけ送っておいた。しゃべれないし。


「陽太ーーーー!」


 そんな、友人の叫び声を背後に僕は自分の教室に戻るのだった。


「はぁっ…はぁっ、はぁぁぁ……」


 全力の早歩きにより、なんとか3分足らずでG組まで戻ってこれた僕は自席について、さっき浮かんだばかりの目標が消えてしまったことを確認する。

 どうやら今回のは今まで通り、目標達成という文字は出てこないタイプのもののようだった。

 ヒートアップした体を落ち着けるように、息を整えながらクールダウンを試みる。

 そして食堂を出てから5分が経過したころ。


「あっ、良かった。陽太いるじゃない!」


 と、そんな馴染みのある声が聞こえてきた。

 冬織に続く、腐れ縁その2。


「み、水野か。……どうした?」


 ようやく呼吸が落ち着いて、自然に言葉を返せるようになってきた。

 今度はお腹がいたくなってくる。

 食べ終わり直後の全力はやっぱり無茶だったか……。


「聞いて見て驚かないでよ?あんた目当てのお客様を連れてきましたー」

 

「なんだそんなこ、と、か……」


「こんにちは。伊崎、陽太くんっていうんだね。亜子から聞いちゃいました」


 呆然。

 聞いて見て驚くなと言われたが、そんなことは無理な話だった。

 そこに居たのは、ついさっきまで話題に出していた女の子であり、そしてこれから会いに行くつもりだった女の子。

 桂木優里その人が、G組の教室にやって来ていた。


「こ、こんにちは。名前、いってなかったっけ」


「ほら、朝は伊崎ですって苗字だけしか教えてくれなかったじゃない」


「はは……」


 そうだったっけ。

 結構なりふり構っていられなかったから、あまり覚えていなかった。


「その…本題なんだけど。ちょっと今、時間とれる、かな…」


「あ、ああ。大丈夫だよ」


 彼女からの申し出を、断る文句が見つからない。見つけようがない。

 それはこちらとしても望むところだったのだから。

 そうして僕と彼女は一旦、G組教室を後にするのだった。

 教室を出て直ぐに、戻ってきた明楽とすれ違った。

 めちゃくちゃ目見開いてたな。


「ごめんね、いきなり押しかけちゃって」


「良いって」


 少し外れの廊下の隅までやってきて、会話が再開する。

 教室からの距離はさほどで、正直現在進行形でG組の扉あたりから視線をヒシヒシと感じているんだけど。


「放課後、一緒に交番に行くって約束したじゃない?どこで待ち合わせるか、とか何も話してなかったなと思って」


「そう、だな。ごめん、本当はそういうの、こっちから聞きに行くべきだったのに」


「気にしないで。あ、でも伊崎くんさえよければ、放課後はG組で待ち合わせ、にする?」


「えっと、それは……」


 今は昼休みで、クラスの半数以上がまだ戻ってきてないからあの程度の喧騒で済んでいるのだろう。

 本来、桂木優里が他クラスを訪れるというのはもっととんでもない大イベントのはずだ。

 彼女専用のパパラッチが居たら、即抜かれるくらいには。


「だめ、かな」


「……こっちとしてはありがたいんだけどさ。今日は一旦、校門で待ち合わせないか?」


「…………」


「ほら、桂木さんにだけ歩かせるのも悪いし」


 なんて、それっぽいけどそれらしくない理由を添えながら。

 彼女は若干不満げな表情を一瞬みせたあと、すぐにその表情を崩していく。


「もう、分かったよ。そんなに私に来て欲しくないんだ」


「ええ……?」


「だってさっきもすっごい周り気にしてたし。予想外にも程があるって顔してたし」


 それは仕方ないだろ!と心の中で叫ぶ。

 単純にびっくりしたのもあったが、何よりあの桂木優里が自分に会いに来たっていう事実が飲み込めなかっただけ。

 同じだけど逆のことを、ついさっきまではしようとしていたのに。


「それはさ……」


「……ふふ。分かってるって。ごめんね、ちょっとからかっちゃいました」


「桂木さん……」


 まずい。

 気をしっかり持たないと見とれてしまう。ぼーっとしてしまう。

 魅了の能力でも持ってるのかこの子は?


「あと、私の事は呼び捨てでいいからね」


「え?」


「同学年なんだし、なんなら名前でも……」


「わ、分かった。今後は桂木って、そう呼ぶよ」


「む……」


 それ以上は聞いちゃいけない気がして、思わず食い気味で言葉を返してしまう。

 だって抗えない。

 彼女からのお願いを断れる男子生徒なんて、居るのだろうか。

 それが、彼女にとって本気であろうと、そうでなかろうと。


「と、それじゃあお別れだね。伊崎くんの言う通り、今日はひとまず校門で待ち合わせ、にしてあげる」


「あ、ああ。ありがとう」


「それで、さ。こんなこと聞くのもなんだか恥ずかしいんだけど……今後もこんな風に会いに来て、いいかな」


「……っ。もちろん、いいよ」


 そんなの、断れるわけがない。

 あまりのことに動揺が隠せない。


「それじゃあ、また放課後、ね」


「ち、ちょっと待ってくれ桂木。一つだけ、聞いてもいいか?」


「ん、なに?」


 キョトンとした顔でいる彼女に向けて、今度は僕の方から話を切り出す。

 昼休み終了まではもう10分を切っている。


「あのさ…何か悩んでることとか、ないか?」


 そんな、フワフワとした、なんの具体性もない質問を繰り出した。

 明楽と話したことについて直球で聞くかどうか、直前まで迷った。

 喉まで出かかっていたのに、でも結局はこう当たり障りのない質問の仕方になってしまった。


「……ふふ、ないよ。でも、ありがとう」


 少しの沈黙の後、彼女が出した答えは本音か、それともそうじゃないか。

 桂木はそのまま、A組へ帰っていく。

 その姿を見送ってから、僕も自分の教室に戻るのだった。


「おいおいおい、なんだよあれ!なんでお前1人で会っちゃってるわけ!?」


 到着早々に明楽が口を開く。

 こうなることは読めていたけど、実際そうなると、どうしたもんかねといっそう冷静になってくる。


「陽太も隅におけないじゃん。けどまさか優里にね〜。流石の陽太もあの輝きには魅了されちゃったって感じ?」


「いろいろと決め付けで話すもんじゃないぞ水野。そういうんじゃない」


 この水野亜子(みずのあこ)という女子がそういう話題に食いつくのは昔からのことだった。

 女子バスケ部のエース。次期キャプテン候補筆頭。男よりも男らしい一面あり。高い女子人気(特に運動部)。

 彼女のイメージはそんなところ。

 男子生徒からしても接しやすいというか、多分みんな同じようなイメージを抱いてるんじゃないかな。

 約一名を除いて。


「で、どうだったのよ」


「……そろそろ昼休み終わるぞ」


「まだ終わってないじゃない。答えてくれたらすぐに帰るからさ」


「そうだぞ陽太。俺の質問にも答えやがれ」


「…………」


 水野に関しては絶対誤解してるし、なんとかお帰りいただくしかなさそうだ。

 明楽には伝えようと思ってたからちょうどいい。

 けど、既に戻ってきている隣の生徒には、あまり聞いて欲しくない話題になるのは間違いなさそうだった。


「……放課後、約束しただけなんだよ」


「うわあ……」


「このっ、陽太おまえ、抜け駆けしやがって!」


「待て待て待て!お前たち絶対誤解してる!」


「放課後デートってことじゃん!誤解もクソもあるか!」


「だからそれが誤解だって言ってんの!」


「なるほどね〜」


 ニヤニヤしながら、ひとまずはごちそうさまでしたという顔をした水野が教室を出ようとする。

 そして鳴る予鈴。

 こうなってしまっては引き止める方が悪になってしまう。

 ぐぬぬ、なんという不覚。

 悪たるは誤解した奴らだというのに。


「そういうんじゃないって言っただろ……」


 その訴えは、2人に向けて。

 ……それと、隣に向けて。

 授業が始まって直後、教師に注意されるまで明楽は喚いていた。


「まさか教室でやり残したことってのが、桂木と話すことだったとはな〜」


「あのな……さっきも言ったけど、そうじゃないんだって?」


 放課後、未だに誤解したままの明楽と駄弁りながら帰り支度をする。


「桂木は今、悩んでることとかないんだってさ」


「……さんが消えてる。これは果たして……?」


「もういい。帰る」


 待ち合わせあるし。

 もしかしたらもう待たせてる可能性もあるし。


「あー、悪い、悪かったって。けど、それが本音かどうかってところだよな」


「……だな。悪い、まだ話は決着ついてないのに」


「良いって。約束があるんだろ?桂木と。朝、放課後は無理って言ってたのはもしかしてこのこと……」


 本気の表情から一転、すぐにニヤついた顔にもどる明楽。

 直ぐにからかいモードに変わりやがった。

 けどまあ、おかげで悪びれもなく教室を後にすることができる。

 こいつはこいつなりに気を使ってるのかもしれないな。


「すまん。また明日」


「ん。じゃあな」


 明楽はたぶん、これから委員会の集まりがあるのだろう。

 僕は生暖かい視線を背後に感じながら、教室を出ていくのだった。


「あ、伊崎くん!」


 玄関を出て、校門までの一本道に出ると、直ぐにその姿が目に入る。

 こっちだよ、と手を振りながら自分の居場所をアピールする桂木がそこに居た。


「ごめん、待たせた」


 駆け足で向かい、謝る。

 彼女を待たせてしまう。

 こうなる可能性の方が絶対高いと思っていた。


「全然。待ってないよ」


「いや、遅れてしまったのは事実だし」


「私も今着いたばかりだし」


「そ、か」


「そうなの」


 明らかに遅れたのに。

 何だか自分の非を認めようとしても、彼女がそれを認めてくれないような気がして、僕は素直に頷くしかなくなっていた。


「それじゃ、行こっか」


「あ、ああ。けど、交番ってこの近辺にあったっけ」


「うーん。どうだろ、近くじゃなくても良いんじゃない?」


「え……」


「とりあえず、さ。駅まで行こう?」


 頷いてから、2人で歩き出す。

 もう何度も思ったことかもしれないけど。

 僕にはどうやら、彼女の提案を断るという選択肢が無いらしい。


「そういえば……、このバッジって桂木のじゃないって認識であってる?」


「うん。私のだったら、わざわざ交番に届けようなんて言わないよ」


「そ、だよな……」


 思い出したかのように、今の今まで制服のポケットの中に突っ込んでいたバッジを取り出す。

 『Meteor』と印字された、どこか高級感のあるバッジ。ヒヤリとする手触りからして、金属製っぽい。よくある缶バッジのようなチャチなものとは全く違う印象だった。


「メテオ、か」


「ふふ。これさ、ミーティア、だと思うよ」


「え?」


「ほら、去年の舞鳳祭のスローガン。覚えてない?」


「そういえば……」


 去年の舞鳳祭が、僕にとって初めての舞鳳祭だった。

 クラスの出し物は珍しくもないお化け屋敷。クラス委員をやらされていたので、色々と大変な目にはあったけど。

 受験生の頃に見に行ったり等もしてなかったから、これが附属高校の文化祭の規模なのかと驚いた記憶がある。


「あれ?ちょっと待ってたしか、ミーティアって」


 僕が至った考え。

 それに彼女は今朝、バッジを見た時点で至っていたのかもしれない。

 スローガンでもあると同時に、プロジェクトチームの名前でもあり、そして……。


「舞鳳祭の実行委員会の名前、じゃなかったっけ」


「ピンポーン。私ね、去年は色々と委員会にお世話になったから」


「もしかして、ミス舞鳳大附の……」


「そう。委員会の人達、みんなしてそのバッジに似たようなものをつけてたような気がして」


 つまり、彼女はこのバッジ自体には心当たりがあったということ。

 それが誰のものか分からないのは当然だ。名前が記されている訳でもないし、このバッジが示すのはあるチームに所属していたという事実だけ。

 舞鳳祭の実行委員会というチームに。


「お金、かかってるね……」


「伊崎くんもそう思う?私もね、去年はすっごいびっくりしたなあ」


 何せ、こんな高級そうな造りのバッジを委員会に所属しているというだけでもらっていた、もしくは貸与されていただろうから。

 考えてみて、気づく。

 そうか、貸与か……。大学の備品である可能性を考えてなかった。

 例年大学の備品であるこのバッジを利用しているのであれば、毎年買い揃える必要はない訳だし、丈夫でしっかりしたものにするのは頷ける。少なくとも、去年の舞鳳祭のためだけにこれを一から作って用意した、というよりは頷ける。


「ほら見てこれ。私は私で、自分のをもらってたっていうか。今朝、伊崎くんが声かけてくれた時に思い出したというか」


「……レンタルってわけじゃなさそうだね」


「?なんのはなし?」


「いや、気にしないで」


 今僕が持っているソレと、瓜二つのバッジを自分の鞄から取り出して見せた彼女。

 包装がされたまま、コンパクトなケースにおさめられていたそれは、1度も利用された形跡がなさそうだった。

 そしてどうやら、彼女自身に貸与されているという自覚もない感じがする。

 つまり、レンタル品っていうわけでもない、と。


「もしかして、ミス舞鳳大附に輝いたから?」


「……そ。恥ずかしいし、いいって何度も断ったんだけどね」


「その割には今日、持ち歩いてたんだ」


「あの日からずっとだよ。いつか返してやるって大事にしまってたけど、自分でも忘れちゃってた」


 半年も経っちゃうとね、と笑う彼女。

 見るからに新品そのものな彼女のバッジと比べると、流石に年季というか痕跡が若干感じられる。

 屋根もなければ壁もない、道端の上に落ちていたのだから当然と言えば当然の話だった。

 あんなところに落ちたとして、傷1つつかないわけが無い。


「そういえば思い出したことがあるんだけど」


「ん?なにを?」


「交番の場所。駅にあったなって」


「あっ。たしかに!」


 灯台下暗し、というやつなのだろうか。

 駅前に交番があることをすっかり忘れていた。

 言い訳をすると、学校に向かう方向が西口で、交番があるのは東口なので普段通学で通らないから、とだけ。


「灯台下暗しだね」


 彼女がそんな風に笑いかけてくるものだから、少しだけドキリとする。

 そんな調子で、僕らは駅の交番まで向かうのだった。

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