プロローグ
序章の前半のプロローグです。
よろしくお願いします。
『目標:桂木優里に落し物を届ける』
『達成期限:5月18日の正午』
早朝。目覚ましよりも前に目覚めると、直ぐに視界にズイズイと入ってくる文字列。
界に文字が浮かんでいる。目で追わなくても文字が追ってくる。目を閉じても文字だけは見え続けるし、なんなら主張してくる。
だから、理屈は分からないが脳がこの不可思議な文字列を認識しているのだ。出力しているのかもしれない。
うっとおしくもあるこの文字列の出し入れは、意外にも自由。消えて欲しいと思えばフッと消え去るし、思い出したい時にはすぐにパッと浮かんでくる。
で、この目標を無視すると大変な目に遭うのだが…。
「ふあ……期限、18日って……」
少し前、ひょんなことからこういう体質になってしまった。
ぶっちゃけ、今となっても理解不明だし意味がわからなかったりする。
ひょんなことからとはいうが、本当に意味不明な経緯でこんなことになってしまっている事実がある。
ただ、朝イチからヘンテコな目標を勝ってに掲げられて、それに振り回される日常を受け入れつつある自分に少しだけ恐ろしさを感じる。
自分のこと、なのにな。
「18日、明日か………って明日ぁ!?」
これまでにない、達成期限までの猶予の長さに朝から声を出してしまっていた。
本来、猶予があれば喜ぶべきなのだろうがそれは現状と目標との差異がハッキリしている場合のこと。
例えば、テストで満点をとるという目標を立てたとして、科目が得意か苦手かで取るべき行動もかけるべき時間も変わってくるだろう。
目標というのは、現在から未来を想定して立てるべきものだと思う。
でもこの文字列の指す目標は、その現在を無視するのだ。
今知らない、今見ても無いものを達成のためのファクターにしてくる。
何が言いたいかっていうと……。
「落し物とか、身に覚えがないんですけど……」
それは、今日もしくは明日のいつか。
桂木優里という女子生徒の落し物を僕が手に入れてしまうという、未来が訪れるということ。
これは、ある種の未来予知じみた"呪い"だということに最近気づき始めた。
いやまぁ端的に言うと、だ。
僕こと、伊崎陽太は現在進行形で呪われている。らしい。
桂木優里という名前には、同じ学校に通う生徒なので心当たりがあった。
というか、うちに通っている生徒で彼女を知らない奴は不登校の生徒くらいだろう。下級生には隠れファン、同学年や上級生には隠れてないファンが多数存在する校内きっての人気者。
傍から見てもアイドル的人気といって差し支えないと思う。
僕は一応同学年。ファンとかじゃない。
まあ、面識はないんだけど。
「落し物、ねえ……」
制服の袖に腕を通しながら、呟く。
既に落としてしまっているのか、それともこれから落としてしまうのか。
それは学校の敷地内なのか、それとも思いもよらぬ場所なのか。
明日の正午までに僕が訪れるどこかであることは多分、間違いない。ただ、タイミングまでは保証できない。
僕が訪れたあとで落し物が発生しても、それを知る術がない。
彼女と面識がない僕としては、だが。
「落し物を見つけなきゃ、達成不可能だし」
結構意地悪な目標である。
この呪いが染み付いてから約1週間。これほど達成期限までの猶予があって、なおかつ達成に必須なものがある目標は初めてだった。
未来予知のような目標はこれまでもあったけど、いずれも直後に起こる状況を示唆するものばかりだった。
例えば、数学の授業が始まる5分前に小テストで満点を取れ、とか。抜き打ちテストが直前に抜き打ちじゃなくなったりしたのだ。出題範囲はさすがに予測したけど。
おかげで満点ってね。ちょっとズルい気もするけど。
「彼女を直接尋ねてみる、か……」
言ってみて、ちょっとだけ気落ちする。それがすぐに出来るような行動力の塊なら、入学から1年も経った今になって未だ彼女と面識がないわけが無いのである。
挨拶や用事以外で他クラスの女子に能動的に話しかけることが日常的な人間では無いので、僕は。自分でいうのも何だけど、灰色の毎日を送ってきた、というやつである。
そもそもいきなり面識のない男に落し物してないですか、とかそのブツを持ってる訳でもないやつから聞かれたりしたら通報ものだろう。……それはさすがに飛躍してる、かも。
ただあまり良い印象は持たれないだろう。せめて落し物を見つけているという前提のもとならまだ自然な風を装えるんだけど。
義務感を得ているというか、話しかけない方が不自然というか、とにかくそういう状況なら普通に話しかけられる、はずだ。
と、そこで1つ気づいてしまった。
(それが、彼女のものだってすぐに分かる落し物なんだろうか?)
ひとえに落し物といってもいろいろある。
落し物に名前が記されていたり、彼女が落とす状況を直接目にしたなら、話は早い。すぐに拾って渡しに行ける。
でも、僕が認識してない所で落としてしまっていて、それを彼女が探しているのかどうかで僕が取るべき行動の優先順位も変わってくる。落し物の存在に気づいてない可能性だってある訳だし。
落としていないのなら、彼女の様子をできる限り見張っておきたい。
探しているなら、僕が取るべき行動は彼女に直接コンタクトを取ること。そして、それを探す手伝いをすること。
気づいていないなら、誰よりも早くそれを見つけ出すこと。僕の目標として設定されてしまっている以上、彼女自身が見つけても、僕以外が届けても達成できなくなる。彼女が複数の落し物をしない限り。
大雑把に未来がわかっても、結構どうしようもなかったりするんだなと思う。
今立てた推測の全てが見当違いの可能性だってある筈だし。
浮かんだ目標という名の文字列が指す内容の完全性を、信じきれてないところだってそりゃあある。言ってもたった1週間の付き合いな訳だから。猶予が24時間以上もあるから。
だから僕は、注意深く今日一日を過ごしてみるしかない。桂木優里に落し物を届ける、という目標が僕に達成出来るような状況が訪れるということを信じて。
そのために必要な要素を見落とさないように、と。
そんな、小さな決意を胸に登校の準備を進めるのだった。
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私立舞鳳学園大学附属高校。附属なだけありキャンパスを含め敷地は広大、かつ交通の便も悪くない。かと思えばTHE都会という雰囲気の中にある訳でもなく、最寄り駅からの通学路の途中には川沿いの道があったり、意外と雰囲気は田舎っぽさもある。あと制服が可愛い、らしい。
それが僕の通う学校である。
自宅の最寄りから3駅な学校だから選んだという理由も無くはないが、少し努力すれば受かりそうな難易度だったのと、舞鳳大への進学という観点からも魅力的だった。中学の頃はひとまず大学への進学という一択しか頭になかったので、ある程度頑張った感が出せてそれを両親に証明出来る場所だったことも大きい。県内トップクラスよりは1つくらいランクが落ちるものの、舞鳳大附もそれなりのネームバリューを誇る学校なのだ。
『……をご利用下さいまして、ありがとうございました。お忘れ物のないよう、ご注意ください』
アナウンスに送り出されるように、人混みに揉まれながら皆して階段に詰め込まれていく。車内よりはいくらかスペースがあるとはいえ朝のラッシュだ。1歩ずつ、歩みを進めながらホームから改札へと降りていく。
いつもより早い時間に家を出たのに人の量がいつものと変わらないのはどうかしてる。
と、満員電車への不満を脳内でボヤきながら、ようやく抜けた改札の先で見つけた。
「桂木さん……」
誰にも聞こえないように、ボソリとその名前をつぶやく。
もはや見慣れてしまった同じ学校の制服は、後ろ姿でも認識できた。人混みから解放された少し先の方に、肩からスクールバッグを下げて歩いていた。間に距離はそれなりにあったけど、間違いなく彼女だと分かった。慌ててるようでも、落胆したようでもなく、急いでいるようでもない。ごく普通の速度で歩く、全くごく普通じゃない容姿の女子生徒が居た。ほぼ後ろ姿しか見えなかったのに、何というかオーラが違うというか、他にも同じように歩いている人はいたのに目に入らないくらい惹き付けられたというか、とにかく凄まじい存在感だったのだ。
違う世界の住人だとどこか無意識に勝手に思っていて関わろうとしてこなかったからなのか、風聞以上の強烈な印象を覚えてしまった。
思えば、駅で見かけたことはなかった気がする。それが、普段使いする便がこれよりももう2つほど後だからなのだと今日初めて知った。
校内で見かけたことはある。つい目で追ってしまったことも。だけどそれは、ここまで意識してものではなかったというか。野次馬気分というか、みんなが言うからちょっと見てみたいという、遊び心から出たものだったのだ。
今回のように彼女の方から視界に入ってくるなんてのは、初めてだった。見ようとはしてたけど見えないと思っていたのに、なんの偶然か見かけてしまったから、より強烈にその姿が目に焼き付いたのだ。
今追いかければ、すぐに追いつくだろう。
僕の方もとうとう人混みから完全に解放されて、走り出しても迷惑がかからない空間まで来た。
これはチャンスかもしれない。校内で彼女にコンタクトを取ろうとすれば、ここ以上に目立つことは違いない。
「……はぁ」
息を整える。整えながら、頭の中で話しかける言葉の候補を思い浮かべ、逡巡させる。
登校中の女子生徒にいきなりかける言葉。面識もなければ、理由もない。少なくとも、彼女には。
色々考えた上で、ひとつは確定させる。
まずは無難におはよう、といくしかない。
あの美貌を前にして緊張しないわけがないけど、少なくとも挨拶には返してくれるだろう。
問題はそのあと。
話しかけた理由。これはとにかく、嘘でも何とか話を繋ぐ。でも、とりあえず落し物で困ってないか直球勝負でいこう。
急いで追いついた理由、その背景。彼女に追いつく頃にはきっと、僕は息を切らしている。そこまでして話しかけた理由を、何とか作るしかない。
挨拶の後に繰り出す予定の話題、質問への回答準備、それら全てがとりあえずは組み立て終わった。
「――――よし」
後は追いついてから考えよう、と。
そう思って足を踏み出した瞬間だった。
「おはよう、陽太クン」
「うわっ!」
急に横から声をかけられた。
勢いよくそちらを向くと、見慣れた顔があった。
「ってなんだよ!いきなし大きな声出すなよな」
「驚かせるなよ冬織…。おはよう、心臓飛び出るかと思ったぞ」
そこに居たのは加隈冬織。中学から続く仲の腐れ縁という名の鎖で繋がれた、親友だった。
そっか、あれ以来こいつこの時間に登校してんだな冬織のやつ。そりゃ遅刻もしなくなるわけだ。
「てか早いじゃん、いつもはまだ家だろ?陽太」
「ちょっとな。早いとこ学校着いて準備したかったんだ」
主に心の。
けどそれは、ついさっき終えた。終えられたはず、なんだけど。
まさか彼女までこの時間とは。まさに誤算。
思った以上に朝、はやいんだなと感心する一方で自分の予測能力の低さに文句をつけたくなる。
おかげで学校に着いてからするはずだった準備をこの数分でする羽目になったんだから。
「なら歩きながら話そうぜ。急いでるんなら引き止めはしないけど」
「ん。悪い。遠慮なくそうさせてもらうよ」
「おう。んじゃまた教室でな」
「ああ」
そう言って僕はなりふり構わずに駆け出していた。
にしても本当、後腐れないというか、さっぱりしてるというか。無遠慮で、気軽で、毎回そんな風な会話しかしてないのによく友達として関係が続いてるよなと思ってしまう。
むしろ逆なのかも。そういう気楽さが関係性を象徴してるのか。
僕は少しだけ、ほんのちょっぴりだけ、話しかけてくれたのに悪いなと思う気持ちをしまって、桂木優里のもとへ全力で駆けていた。
駅から出て少しした後、川沿いの道路に出るとかりんとうくらいの大きさに見えるくらいの距離の先にそれっぽい姿が見えた。
この早い時間にわざわざ登校する生徒は多くない。歩いている生徒はポツポツと見かけたし、何人か追い抜いてきたけど、ラッシュはまだまだ先の時間。おかげで、前にいるのが彼女だとすぐに分かった。
特に、あれだけ目に焼き付いた後ろ姿を見間違えるわけが無い。
「はぁっ、はぁ……ぐっ…」
姿が見えた安堵感から、少しだけ速度を落とし、息を整えにかかる。それでもジョギングペースで、距離が縮まるように。
息を吐いて、吸ってを何度か繰り返している内に彼女に近づいていく。
やがて、もう声が届く距離だと考えられるところまで縮まったところでもう一度歩きながら深呼吸。
閉じた目を開きながら息を吐いたその時だった。
地面に、何かキランと光るものがあった。
「これって……バッジ?」
思わずかがんで拾ってみる。『Meteor』とデザインされた、少しだけ高級感の漂う手のひらサイズのバッジだった。厚みは2cmほど、楕円形で中心に文字が彫られていた。
それは、彼女が既に通ってしまった道の上。もう舞鳳大のキャンパスが見えてしまっているような地点でのこと。
無論、彼女は気づいていない。だからこそ、その歩行ペースを落とさない。
だから、僕は駅での準備なんか全く忘れてしまっていて。
それが、彼女が落とした物じゃないかもしれないなんて、当然の可能性の考慮さえもしないまま。
少しだけ開いてしまった距離を埋めるように、なりふり構わずに追いかけて、声をかけてしまっていた。
「あ、あの!ちょっと!」
慌ててしまっていたのか、名前すら言ってないことに声を出した後で気づく。
それでも、僕の声が誰に向けられたものなのか、女子生徒はすぐに勘づいたようだった。
「……わ、私、ですか?」
振り向いた女子生徒こと、桂木優里は指で自分の顔を指しながら、困惑したように言葉を返すのだった。
真正面から見てみて、さっきまでの印象が生易しいものだったことを痛感した。
目を奪われる、というのはおそらく今みたいなことを言うのだと。後ろ姿だけじゃない、本当の彼女の姿は、きっと誰も彼も魅了してきたのだろう。
間違いなく、校内で最も人気を持つ、アイドルのような存在の彼女がそこに居た。
「そ、そう!落し物、落としてないかと思って」
これ、と手のひらの上にあるバッジを見せながら僕は言った。
未だ困惑した表情を崩さない彼女は、ジッとその落し物を見ながら黙っていた。
心臓がバクついている。動悸がおさまらない。
さっきまで全力疾走だったから当然だ。
けどそれ以上に、彼女に自分から声を掛けてしまったという現状に今更ながら緊張している。
それを自覚できてしまっているから、尚のこと恥ずかしかった。
「えと、すみません。これ、私のじゃないみたいです」
「え?」
「なので交番に……、は今からだと遅刻しちゃいますね。どうしよう……」
当の本人に指摘されてようやく、このバッジが彼女の落としたものではないという事実が飲み込めた。
それは、普段なら取りこぼすことの無いはずの当然の可能性の話。
その事がどうしようもなく恥ずかしくて、もう取り繕うのに必死になってしまう僕が居た。
「そ、そうですね。あはは……」
訂正。
全然取り繕えてなかった。
「……あの、良かったら放課後にでも一緒に交番まで行きましょうか?」
「へ?」
「だってこんな高そうなもの……、きっと困ってるだろうし」
願ってもない申し出に、今度は僕の方が困惑していた。
だけど、どうしてと尋ねればそれが叶わなくなりそうで。
でもそれ以上に、困惑していることがあって。
「よろしく、…お願いします」
この状況に、答えは出てない。
わけは分からないのに、よろしくと言葉を返す僕。
でも、きっと間違ってないはずだと、根拠も無いのに思ってしまっている。
「はい!こちらこそ、よろしくお願いします。あ、そうだ、自己紹介がまだでした。私、2年A組の桂木優里っていいます」
「え、ええと。2年G組の伊崎です」
「あっ同学年だったんだね。って、ごめんなさい。敬語の方がいい、ですか?」
「い、いやいや全然。敬語じゃなくていいです」
「それでは遠慮なく。よろしくね、伊崎くん!私の方も、敬語じゃなくていいから!」
「うん、よろしく……」
こうして、何度目かのよろしくを交わしながら、僕はどうにかこうにか、困惑の表情を覆い隠そうと頑張っていた。
なぜ、ここまで僕が動揺しているのか。
もちろん、彼女の申し出に驚いていたこともある。
けどそれよりも。
視界の隅に浮かぶ文字列が、その内容を変えるのを認識していたから。
『目標達成』
『報酬:桂木優里と知り合いになりました』
『目標:桂木優里と落し物を交番に届ける』
『達成期限:5月17日の23時まで』
見たことの無い文字列が、浮かんでいた。
はじまりの合図を告げるように、勝手にそれらは消えていく。
整理はまだつかない。
けどそれを悟られないように、平静を装いながら、僕は桂木さんと、残り少ない学校までの道のりを共にする。
反対する理由なんて、浮かばなかった。




