魔導士2
トロイはまた、ベットの上で目を覚ました。
「んん。ん?」
体を起こして右目を擦るトロイ。
外は明るく、部屋は少し暖かかった。
「起きたか。」
「アウラ…。また運んでくれたのか。ありがとう…じゃねぇよ!てめぇ!何が職場体験だ!またぶっ倒れたじゃねえか!」
「何を言う。立派な職場体験だっただろ?私のダンスも見れたんだしなぁ?んん?」
「う、うるせぇよ…。」
やっぱり。目が合ったのは気のせいじゃ無かったんだな。ん、そういえば。
「アウラ。昨日のフクロウ…なんだあれ。闘技場でも見た事ねぇし。それに、なんか光ってたな。」
「ほう?私は何度か見たことがあるぞ?出る度圧勝するもんで見応えがなくて好かんがな。まっ、小銭稼ぎには持ってこい、ってとこだな。」
「なんだその目は!煽ってんのか!このクソババア!」
ニヤついた表情のアウラは安心したのか、気を取り直してトロイの質問に答えた。
「あれは深空弄。字が違うだけの生物だ。」
深空弄。主に森などに生息する生物である。
深空弄の羽根には血管によく似た魔力の通る管が通っており、羽根を広げると同時に体内の魔力がその管に伝わる。すると、肉体を丸ごと全て瞬間移動出来る。。無論、初めからその様な力があった訳ではなく、魔物を狩っていくうちにそうなった。と、されているが詳細は分かっていない。
昨晩、トロイの目の前に突然現れたように見えたのは気のせいではなく、鼠を狩りとるために、襲いかかる瞬間を狙って瞬間移動したと思われる。
トロイはアウラの解説をとても真面目に聞いていた。
子どもがおとぎ話を聞く時のように目を輝かせ、それはそれは真面目に聞いていた。
「ってことは生態も魔法が使えるってことか!?」
「少し違うが…まぁ似たようなもんだな。」
アウラも満更ではないようだ。
「へぇ…あの森にそんなのが…。あ、あとあのネズミ!闘技場で見る鞭鼠と違ったよな?まさか毒刃鼠か!?」
「ああ、そうだ。流石にねずみは知ってるんだな。」
「まぁ、有名だからな。」
鞭鼠とは、長い尻尾を鞭のように扱い餌をとる生物である。
毒刃鼠とは、二本の前歯を刃のように使い、唾液で麻痺毒を盛って狩りをする魔物である。
共に似通った生態をしており、大体どこの国にも生息しているため魔物と生物の歴史やその違い、はたまた害獣の代表例として教科書などに書かれることが多い。
「見るのは初めてだったけど、めちゃくちゃキモイのな。あの鼠。ヨダレやばすぎてマジ無理。二度と見たくねぇわぁ…。にしてもアウラ!お前の魔法凄かったな!あんな数のバニーをポンポンぶっ飛ばしてさあ…!もしかして有名な魔導士だったりするのか?なぁ聞いてんのかよぉ…。アウラ?」
陽気に振舞うトロイにアウラは静かに問いかけた。
「トロイ。お前、何か忘れてないか?」
「…。」
そう。トロイは借金に追われ、捕獲班として森へ送られた。
魔法の使えない持たざる者が突如として魔法に目覚め、魔物を倒した。とはいえ森の真ん中で気を失っていたのだから、まだ命があるのはアウラのおかげと言わざるを得ない。そして、辛うじて生き長らえたにも関わらず、肝心の借金は少しも減っていないのだからアウラの問いかけにに返す言葉が見つからないのも無理はない。
トロイはベットの上で俯きながら、初めて森へ入ったときのように暗い表情をするのだった。
「ありがとう、アウラ。助かったよ。…俺はそろそろルーメスさんに謝ってくるよ。初仕事で失敗したのに、なんの報告もしないで丸一日放置なんて、金借りてるやつのすることじゃないしな。」
ベットから降りて立ち去ろうとするトロイを、アウラは目で追った。
「まぁ待て。ルーメスには昨日、私が話をしておいた。そんなに急がなくても大丈夫だ。」
扉の取っ手に手をかけたトロイは、アウラの言葉で扉を押すのを躊躇った。
「…いや。何の話をしたのか、分からないけど。謝罪はしないとだしな。それに二日も泊めてもらったんだ。これ以上は悪いよ。またな。アウラ。」
トロイが扉を開けると、そこにはルーメスが立っていた。
「どこへ行くのですか。トロイ君。」
ルーメスは闘技場で着ていた白いスーツを着用し、両手を後ろで組んでいた。その立ち姿はまるで、トロイが出てくるのを待っていたかのようだった。
「る、ルーメスさん!いいいい今謝りに行こうとしてたんです!昨日…じゃなくて一昨日はすいませんでした!」
頭を下げるトロイにルーメスはいつも通り、丁寧で落ち着いた声で話しかける。
「話はアウラ様から聞いていますよ。魔法が使えるようになったそうですねぇ。ちょうど選手の集まりが悪く、困っていたところだったのです。」
「へ?」
「まぁとりあえず入れ。ルーメス。中で話そう。」
アウラの一言で三人は部屋で話すことになった。
円形の机に沿ってそれぞれ離れて座る三人。アウラは足を組んでリラックスしているが、どこか喜んでいるようにも見える。ルーメスの背筋はピンと伸び、両手は膝に添えられ、客人としてとても礼儀の良い振る舞いをしている。トロイはというと文字通り、肩身の狭い様子で下を向いている。そんな様子が見るに耐えなかったのか、ルーメスが話し始める。
「トロイ君。」
「はひっ!」
「先程のお話ですが、あなたは魔法が使えるようになった。ということで間違いありませんね?」
「えーっと…。」
トロイはアウラに目を向けたが、彼女は片手で頬杖を付き、ニヤニヤしながらトロイを見ているだけだった。
「は、はい。間違いありません。ですが、俺も突然のことで…なんというか。どうやってるのかも分からないし、昨日なんて止め方も分からずに倒れてしまいました…。魔法を使える。というには程遠いかと思います。」
「ふむ…。そうですか。」
ルーメスは顎を撫でながら少し考え、また口を開いた。
「それでは…。アウラ様のご提案通りにするしかなさそうですね。」
「提案?なんですかそれ。」
トロイの質問にはアウラが答える。
「トロイ。闘技場で私に弟子にしてくれと言ったな?」
「え?ああ。まぁ。」
「お前を私の弟子にしてやる。もちろん。魔導士としてな。」
「へ?」
「トロイ君。メイグアインでは魔法使いの資格のない魔力所有者を正当に雇うことが出来ません。働いてもらうには、それなりに歴のある魔法使いが組織に必要なんですよ。」
「はあ。」
「私は持たざる者でね。闘技場の関係者にも魔法使いはおりません。つまり。君の借金返済措置を続ける方法は二つ。一つはトロイ君が魔法使いの資格を取り、正式な魔法使いとして捕獲班に加わること。」
「それは…つまり、アウラに弟子入りして魔法使いになれってことですね。」
「なれ。とまでは言いませんが、概ねその通りですね。もう一つの方法は、このまま魔法の使えない持たざる者として捕獲班に戻り、借金の返済が終わるまで魔法の一切を封印し、魔力所有者であることを隠し続けることです。成長期を過ぎてから魔法が使えるようになるなど聞いたことがありませんし、隠したところで問題はないでしょう。」
そう…だよな…。いきなり魔法が使えるようになったって捕獲班行きになるのは変わらないよな…。でもせっかく。せっかく魔法が使えるようになった。借金さえ無ければこの先きっと…。
「俺…俺!魔法使いになります!魔法使いの資格を取って。借金返済して。今まで迷惑かけたみんなに恩返しがしたいです!」
トロイの宣言を聞いたアウラは、立ち上がって両手を腰に当てた。
「よく言ったトロイ。今日からお前は私の弟子だ。いいよな?ルーメス。」
ルーメスは少し間を空け、トロイに向けて語りかけた。
「…トロイ君。私としても君が魔法使いになってくれるのは喜ばしいことです。前にも言いましたが、私は君を、いくらか可哀想に思ってますので。」
「ルーメスさん…。」
「トロイ君が魔法使いになったところで借金が減るわけではありませんし、アウラ様にお世話になるのであれば逃げるなんてことは出来ないでしょうし…。」
ん?逃げることはできない?そんなつもりは無いけど…。なんか引っかかるな。
「念の為にお伝えしておきますが、私が聞いたアウラ様からの提案はこうです。『私が半年でアイツに魔法使いの資格を取らせてやるからそれまで待ってみないか。』と。」
「半年!?魔法使いの資格ってそんなに早く取れるもんなんですか!?普通、三年は学校に通って取るもんですよね!?卒業しても半分は落ちるって聞きますよ!?」
アウラは驚くトロイに、危ない笑顔を近づけた。
「なんだトロイ。ビビったのか?お前は私の弟子になるか、持たざる者として死ぬかしかないんだ。魔法使いになりたいんだろ?恩返しするんだろ?なるよなぁ?私の弟子に。んん?」
三年分を半年って…。いや、でも。やるしかない。このまま終わるなんて嫌だ。
「あー!もう!分かった!やる!やるよ!俺やります。ルーメスさん。また返済が遅れてしまいますが、待っていて下さい。必ず返します。」
トロイの目は真っ直ぐにルーメスに向けられた。その眼は債務者では稀に見る、覚悟を決めた人間のものだった。
「ふむ…。仕方ありませんね。こちらとしても、魔法使いになっていただくほうが返済に期待出来ますからね。」
「ありがとうございます。」
トロイは立ち上がり、深く頭を下げた。
誠意溢れるトロイの姿に、アウラは怪しげな笑みを浮かべていた。
「それでは。私はこれで失礼しますね。」
ルーメスは立ち上がり、トロイに耳打ちする。
「彼女はああ見えて根に持つタイプです。用心してくださいね。」
「えっ?」
「それではアウラ様。失礼致します。」
ルーメスは一礼し、扉へ向かった。
「ああ。また小銭稼ぎついでに報告するよ。」
「よろしくお願い致します。では。」
不気味にニヤついたアウラはルーメスが家を出たのを確認し、トロイに近寄った。
「今日から私が師匠だ。何か言うことはあるか?」
「よ、よろしくお願いします!師匠!」
「アウラでいいさ。特訓は明日からだ。いいな。」
「はい!」
気づけば日は傾きかけ、お昼時は過ぎていた。
ルーメスは久しく浴びる日の光を疎ましく思いながら、トロイの身を案じた。
はて。トロイ君は知っているのでしょうか。彼女が魔法使いの頂点。大魔道十三支柱が十二番。四葉の女王であることを…。




