ギャンブル2
トロイは屈強な男に引きずられ、地下闘技場のさらに下へと連れられた。
「待ってください!本当に!必ず払いますから!」
「うるせえ!いいから来い!」
男は片腕でトロイを引きずっていた。
通路の壁は檻になっているが、中には何も居ない。檻の中には首輪の着いた鎖が備え付けてあるし、引っ掻いたような傷や血痕があったが、トロイはそんな事を気にしている余裕など無かった。
「旦那。連れてきやした。」
「その呼び方はやめるように言っているでしょう。ドニス。」
通路の先で待っていたのは、宝石の付いたアクセサリーを首や両手に身に着け、白いスーツで着飾った身なりの良い男だった。
ドニスと呼ばれた屈強な男はトロイを軽く持ち上げると、差し出すように放り投げた。
「すいやせん。ルーメスさん。つい癖で…それで、コイツどうします?」
トロイはルーメスを見るや膝を畳んで座り直し、額を地面に付けた。
「すみません!ルーメスさん!もう一日だけ待ってください!お願いします!うぐっ」
突然感じた横腹の痛みにトロイは言葉を詰まらせる。
「勝手に喋ってんじゃねぇよ!ふざけやがって!クソ野郎が!」
頭を下げたトロイに容赦なく蹴り続けるドニス。
見かねたルーメスが止めに入る。
「そのあたりにしておきなさいドニス。痛めつけたところで、貸したお金は戻って来ませんよ。」
お腹を抱えて地面に転がるトロイへゆっくりと歩み寄るルーメス。
「トロイ・ブロンテス。僕も君には同情していたんだ。母の病死をきっかけに父は酒に賭博に散財し、その挙句。多額の借金を息子に残して自殺だなんてね…。だから君には無理のないよう、毎月の返済額を設定したのに。父親同様ここに入り浸り、さらに借金を増やすだなんて。」
トロイの目には涙が浮かんでいた。蹴られた箇所を庇いながら唇を噛み、目を瞑った。
「…トロイ君。すまないね。これも決まりなんだ。ドニス、彼を捕獲班へ連れていきなさい。」
「まっ…待ってください…それだけは…。」
ドニスは何も言わずに右手で首を掴み、トロイを引きずっていった。
捕獲班とはルーメス・メルクリアが管理、運営を行う地下闘技場で闘わせる魔物や生物の捕獲を担当する、闘技場運営組織の一部である。
その実態は債務者や犯罪者など、ルーメスに借りのある人間や表立った仕事が出来ない者が集められ、闘技場の選手を命懸けで捕獲する。言わば最底辺の職場である。
トロイもその存在は知っていたし、いつ連れて行かれるのかと怯えながら日々を過ごしていた。その恐怖と不安から逃れるため、賭博で一発逆転を夢見たのだろう。
下った通路をまた引きずられながら上り、観客席を通る途中でアウラを見かけたトロイだったが、助けを求めることはせず。ただ無気力に足を地面に滑らせていた。
アウラもまた、声をかけることはなく、外へ出ていく男とトロイを見送った。
二人の姿が見えなくなると、背後から声をかけられる。
「おやおや。これはアウラ様。いらしてたのですね。」
試合会場の様子を見に来たルーメスだ。
「依頼のついでにひと勝負しようと思ってな。」
「それはそれは。」
「安心しろ。約束通り、ちゃあんと一万Gしか賭けなかったぞ。」
「疑ってなどおりませんよ。ただ、こちらも商売なもので…。百発百中のお客様がそう何度も来られては私の取り分が減ってしまいます。」
「取り分の心配とはお前らしいな。ルーメス。」
挨拶代わりのやり取りが終わり、少し間を空けルーメスが続ける。
「それで…。本日の試合は終了しましたが、私になにか御用ですかな?」
「お前に少し聞きたいことがあってな。」
「というと?」
「お前、森には詳しいよな?さっきの試合の二体。あんなに育ったリスちゃんを見たのは久しぶりだ。うさちゃんもなかなかだった。森で何か変わったことはないか。」
「ふむ…。」
ルーメスは顎を撫で、暫く悩んだ後に答えた。
「ここの運営に関わる事ですので詳しくはお伝え出来ませんが、あの二体を捕まえたのは最近のことでございます。捕獲に同行していたドニスによると、入口付近で捕まえたようで。捕獲に向かった者たちも何人かやられてしまったようですね。」
「ほう。森の外には出てきていないか?」
「申し訳ございませんが私は地上に出ることが少ないもので、そこまでは分かりません。ですが特にそう言った話は耳にしませんねぇ。たまたま私の運が良かっただけかもしれません。」
「…そうか。」
二人の会話はどこか緊張感のあるものだった。互いに余計なことは口にしない、そう言ったやり取りだ。
「もうひとつ聞きたいんだが。」
「ええ。なんなりと。」
「あの男…。トロイはどこに連れていかれるんだ?」
「それはお教え出来ませんね。彼の個人的なこともありますから。ただ…。」
「ただ?」
「彼には多額の借金があります。ほとんどは彼の父親が作ったものですが、少しばかりは彼が自ら借りに来たものです。そして今日はその返済日。アウラ様は特別なお客様ですので、これくらいならお話しても問題無いかと思います。」
「そうか。分かった。じゃあまた小銭稼ぎに来るよ。」
「程々にして頂けますと助かります。」
ルーメスはお辞儀をしてアウラが通り過ぎるのを待った。
その頃、トロイは会場の外。森に来ていた。
ルーメスが運営する地下闘技場(Underground Fight Pit)はメイグアイン国の端に位置し、裏口は国外の森。怯者の森へと繋がっている。
メイグアイン国は闘技場関係者以外の裏口の使用を禁止しているが、ルーメスはその約束を真摯に守り、国が定めた多額の税金を納め、その他選手(魔物、生物)の管理や従業員の登録など、国の決まりを破ることなく運営を続けている。つまりこの地下闘技場(Underground Fight Pit)は完全合法賭博施設であり、国民の娯楽として認められているのだ。
怯者の森に魔物や生物を捕獲する危険な仕事のために半ば強制的に連れて来られる捕獲班は、ルーメスに雇われた従業員として国に書面を提出している。正式な手続きを踏んでいる以上、民衆から闘技場の運営方法に否定的な意見が上がったとしても、難なく運営を継続できる。というわけだ。
「詰んだ…。もう…終わりだ…。」
森の入口で未だ無力に横たわるトロイは呟いた。
空は雲ひとつない綺麗な星空。地面は冷たく、背中には小石が刺さっていたが、トロイは何も感じていなかった。
遂にこの日が来た…。母さんが死んだあの日からずっと。死にたかった…。父さんの借金も最初は返そうと必死だったけど、今や利息を払うので精一杯。食費が出せずに闘技場で死んだモンスターやらクリーチャーやら、運営の目を盗んで持ち帰ったりしたが…まぁ。そんなのもうどうでも良いよな。やっと死ねるんだ。やっと。
「おい。いつまで寝てんだ。行くぞ。」
ドニスの掛け声に、トロイはゆっくりと立ち上がった。
トロイが初めて見ることになった怯者の森には十人にも満たない捕獲班が集められていた。服装は様々だったが、まともな服装と呼べる者はいなかった。震える者、目の暗い無表情な者、何故かまるで獣のように滾っている者もいた。
「お前ら!今日は一体でいい!分かったな!」
ドニスは声を荒らげたが、どこか身の入らない掛け声であった。
「首輪はそこだ。何をしても良い。一体だけだ。連れて帰れ。行け!」
トロイは森へ入っていく人々をぼんやりと眺めたまま、立ち尽くしていた。
「トロイ。俺もお前には同情する。だがこうなったのはお前の責任だ。分かってんだろ。」
「…。」
「蹴ったのは…悪かったな。」
ドニス…?
「俺も人間だ。どんなクズでも死んで欲しい訳じゃねえ。ああすればまた日を伸ばせるかと思ったんだ。日頃の取立てもお前の為を思ってのつもりだった。」
「ドニス…。なんで…そんなこと。」
「ここに来るやつの顔はよく知ってる。お前のその面で帰ってきたやつはいない。逃げたやつもいたが…どうなるか知ってるだろ。トロイ。」
「…ああ。」
トロイの父がこの世を去ってから三年。二人は借金取りと債務者の関係だったが、毎月必ず顔を合わせ、ときに談笑ぐらいはした。
しばらく続いた静寂が、二人の仲を表しているようだった。
「俺はここで待つ決まりだ。仕事に行かないやつは俺が…。」
ドニスはトロイが森に歩いていくのを確認し、話すのを止め、背中をじっと眺め、見送るのだった。
トロイは森を歩きながら、また考え込んだ。
ドニス…。取立てのときも思ってたが、悪い奴じゃなかったんだな。そうだ。悪いのは俺の方。真面目に働いて、真面目に返済していれば。…まぁでも、やっと終われるんだ。思ったより早かったなぁ。働いてギャンブルして酒飲んで…。はぁ。俺が母さんみたいに魔法が使えたらなんて、何度も思ってたな。今思えば、俺は魔法が使えないと分かってから…ずっと。
「ぎゃぁああああ!」
森の奥から悲鳴が聞こえる。先に入った捕獲班だろう。木々の間から月明かりが差し、トロイの運命を占っているようだった。
アイツらも俺と同じ。持たざる者か。そりゃそうだよな。魔力所持者なら魔術師にでもなって稼ぎ放題だもんな。
トロイの足取りは少しずつ重くなっていった。俯いたままの視界は段々と暗くなり、怯者の森の奥深くに来ていることが分かった。茂みからガサガサと葉の擦れる音が聞こえ、前を向く。
「ピストル…バニー…。」
茂みから出てきたのは弾丸兎だった。大きな耳と正面からでも分かる発達した脚。そして伸びた歯は八瞳栗鼠と闘っていた個体よりも少しばかり伸びていた。
トロイの頭には様々な思考や感情が駆け巡る。
コイツが勝ってれば俺は…。いや。それは違うな。賭博なんかしなきゃ今頃ここには居なかった。
兎は両耳をトロイに向ける。
くそ…。俺が魔法を使えれば。母さんのように…。
兎の脚に力が入る。
俺が魔力所有者なら…父さんだって…。俺が…。俺が…。
そして。兎は跳ぶ。
俺が魔法使いなら…!こんなヤツ…!
トロイは拳を握りしめ、跳んでくる弾丸兎を睨みつける。その眼は血走り、真っ直ぐ前を向いていた。
「くっそがぁあああ!!!」
その時、トロイに異変が起きる。
全身に溢れるような稲妻が纏わり付いたかと思えば、トロイの景色は瞬く間に減速し、弾丸のような魔物を正確に捉えた。気づけば左足で踏み込み、右の拳は構えられていた。
トロイは自身に起きた異変など気にかけることもなく、溢れる後悔と悔しさを握りしめ、拳を振るった。拳は弾丸兎の左頬を抉るように当たり、迸る稲妻が周囲を明るくした。弾丸兎は吹き飛び、木々を貫いて岩を砕き、石に埋もれた。衝撃音が森に響き渡り、驚いた小鳥が空へ飛んでいく。兎の埋まった石の山に、小さな稲妻が消えずに残っていた。
「なんだ今の…。まさか俺…魔法…を…。」
トロイは気を失って倒れた。
その様子を見ていたのか、地面に倒れるトロイに近付いて来る女性の人影。
「良かったな。タニア。」
アウラはそう呟くとトロイの服を掴み、連れ去るのだった。
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