反抗のラッパ、天使と少年
僕たち天使は神様に大きなラッパを背負わされた。
「人間は一度、滅ぼしてやり直す。もう見ていられないほど人類は荒れ果てた。おまえたちは世界の終末を知らせるラッパを各地で鳴らしなさい」
神様の命令で僕たち天使はそれぞれ地上に降り立つ。
僕は日本の東京に来た。大きな川の河川敷で僕はあたりを見回す。柵にもたれかかって、白いシャツとズボンの学生が泣いていた。
えっぐ、ひっく、と肩を揺らして泣いている。
僕はなんとなく彼が気になって、近寄って見た。
「え、天使だ!」
少年は涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で言った。ばっちり目があっている。この子はどうやら純粋な子らしい。天使を目視できる人間は少ない。
「うん。どうして泣いてるの?」
僕が尋ねると、少年はまたぶわっと泣いた。
「友達の飼い犬が病気で死んじゃったんだ。すごく人懐っこくて、ふわふわで、さつまいもが好きな可愛い柴犬だったんだ」
「それは悲しいね」
「うん。あ、吹奏楽の練習の時間だ。行かなきゃ。天使さん、また明日、ここ来てくれる?」
少年が涙を拭いて言う。
「いるよ」
僕はどうせ行くあてもないし。神様が人類を滅亡させるとお知らせが来たらラッパを吹くだけだ。
次の日も少年は柵にもたれかかって、川を見ながら泣いていた。
「今度はどうしたの?」
「もうあと半年で部活の先輩が卒業すると思うと…………」
「まだ夏なのに」
「うん、でも半年ってあっという間だからさ。あ、僕の名前は橋本裕太。天使さんの名前は?」
「天使に名前はないよ。この川には名前あるの?」
「ここは隅田川だよ。僕が一番好きな川なんだ。ここで泣くとスッキリする。僕はすぐに泣きたくなるんだよ。でも人前であんまり泣くのもみっともないし、僕もう十四歳だし。だからここで泣く」
裕太は真っ直ぐに川を見つめて言う。
人間って大変だ。感情があるから物事はややこしくなる。
それから毎日、裕太は僕に会いに来た。他愛もない学校の話をしたり、話している途中に泣き出したり、来た途端にうわぁと泣き出したり。
学校の先生が病気になったとか、隣のおじいちゃんが腰が痛くて辛そうだとか、友達が家庭のことで悩んでいるとか。僕は気づいた、裕太は自分のことでは泣かないんだ。
「君ってそんなに周りのことばっか気にして、疲れない?」
僕が言うと、裕太はタオルハンカチで顔を拭いて、ポカンと口をあけた。
「そういうんじゃない。だって心は勝手に動くんだ。疲れるとか、疲れないとかじゃない。僕はみんなが幸せでいて欲しいから」
彼の潤んだ瞳のなかに、僕は虹を見た。
天国のあの眩い光が、彼から発光していた。
「そういえば天使さん、そのラッパは吹かないの? 僕、吹奏楽でラッパ吹いてるんだ。二人で吹いたら楽しそうじゃない?」
裕太が無邪気に言う。
このラッパを吹いたとき、裕太は死ぬんだ。
きっと自分が死ぬことだけじゃなくて、周りのみんなが死ぬことに泣く。
「まだ、吹けない…………人間の世界に慣れて、ここで呼吸がもっとしやすくなったら吹けると思う」
僕はうつむいて嘘をつく。
「どうしたの、翼が下がってるよ」
裕太の優しい言葉に胸が痛くなった。
その夜、僕は川を見ながら考えた。
あんなに優しい子もいるのに、神は人類を滅亡させてしまうのか。もっと他に方法はないんだろうか。
裕太と一緒にラッパを吹いたら、楽しそうだ。
でも、それは世界が終わる時なんだ。
僕は胸が痛む、というのを初めて体験した。天国ではいつも通りの日常で物事が変化することがなかった。感情はあっても揺すぶられることはなかった。
翌日、川にくるなり、裕太は泣き出した。手にはトランクケースのようなものを持っていた。
「今日、とても悲しい噂を聞いたんだ。世界は2025年、今年の7月で終わるっていう噂があるんだ。そんなの嫌だよ、僕はもっと生きていろんな人と出会いたい」
裕太がそう言って泣いた。
僕は体の芯に激痛が走った。翼の羽根が落ちる。それを見た裕太は必死で僕の羽根をかき集めてくれた。
「天使さん、泣いている…………ごめん、ショックな話だったよね」
「違うんだ。君に嘘をついてた。その噂は本当になってしまう。だって僕は神様から、世界の終わりにラッパを吹けと命じられて来たんだ」
裕太が目を見開き、大粒の涙をこぼす。それからぎゅっと唇を結んで、何か決意したような強い目をした。
そしてトランクケースを開けて黄金のラッパを取り出す。
夏の太陽の下、目に痛いほど光ってる。
「今日、無理を言って部活から借りて来たんだ。あのさ、二人でラッパを吹こう。この世界を終わらせたくない気持ち、僕は神様にラッパの音で知らせたい」
「それは、名案かもしれない。僕は、神様に逆らうよ。裕太の涙を見てきた僕は、感情が芽生えたんだ」
裕太は僕の答えににっこり笑った。
簡単なファンファーレの楽譜を裕太が用意した。
二人で口で音符を口ずさんで練習し、息があったところで、夏の真っ青な空に向かってラッパを掲げる。
僕たちは、反抗の音を鳴らした。