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60話 愛しい国、愛しい人々、特別な婚約者

今回で完結ですが、結構多くの番外編を書く予定なので、更新を待ってくれると嬉しいです!

あと、結構この回は長いです。

 思い返せば、たくさんのことを学んだ。

 アレクサンドラ、シャーロット、シェリルーライヤという先輩聖女であり友人とも巡り会え、特別で愛しくて仕方がない人とも出会えることが出来た。数々の仕打ちに耐えられて来たからだと、その出会いは自分へのご褒美なのだと、ルーリアは思っている。


(国の復興も、上手くいったし)


 つい先日、建物などの地震被害が大きかったところの全てに対応が出来た。つまり、地震が起きる前のフィンシーカ帝国に戻ったということ。もちろん、完璧とはいかない。けれど、地震が起こる前よりも素敵な国に仕上げられたと思う。


「ルーリア」

「っ、ロドレーム様」


 城門前にて、二人は待ち合わせをしていた。今日は二人だけで話そうと約束していたのだ。あんなに忙しかった国の復興が終わったという実感がなくて、ルーリアは声を掛けられ返事に少し遅れる。


「終わりましたね」

「うん。終わった、ね」


 終わったということだけを噛み締めて、二人は笑い合う。そして、ロドレームのエスコートによって皇城のバルコニーへ向かった。

 皇城には、もうたくさんの使用人が働いていて、あの地震の様子など感じられないほどに皇城は直されていた。その他の聖女邸や城下街なども友好国の支援によって乗り越えられた。


「わぁ。良い景色………」

「ルーリアたちと一緒に一から創り出した景色だよ」

「あっ、そうでした。こんな素敵な景色を、私たちは生み出したんですね」


 そう思うと、頬が綻んでくる。沈黙が続き、しかし穏やかな雰囲気を漂わせて二人は暫し景色を眺めていた。流石、皇城のバルコニーだ。だが、沈黙が続き過ぎて悲しいことを思い出してしまった。


「お姉様たちの処刑日は、明日………ですね」

「………そうだね」


 国の復興で処刑日が大幅にズレたメティーチェイアとギュアカーラの処刑は、明日に行われる。見守ることになるのは聖女の皆、皇族、貴族家当主らだった。


「でも、お姉様もお母様も………覚悟は出来ていると思います」


 それに、ロドレームは何も言わなかった。ただ景色を見て、穏やかに微笑んでいるだけ。だが、瞳の中には様々な感情が芽生えていた。横顔を見て、暫くしていなかったキスをしたいと思い、ルーリアは彼の頬にキスを落とす。


「っ!」

「ふふ。どうですか?」

「暫くしてなかったから、少し満たされた気分だよ」

「少し………」

「だって唇にしてくれなかったからね」


 そう言い、己の唇を人差し指で軽く叩くロドレームには無駄な色気があった。その色気にやられそうになり、ルーリアは顔を逸らす。唇には無理だ、恥ずかし過ぎる。


「仕方ない。お預けか」

「は、はいっ。いつか、しますから!」

「うん。いつかね」


 自分からするのは恥ずかしい。だが、恥ずかしいと共に積極的に口付けたらロドレームはどんな反応をするだろう、という悪戯心も芽生える。そんな己を、ルーリアは好きだった。

 そして、改めて皇城のバルコニーから景色を見下ろし、荒れ果てたフィンシーカ帝国と自分たちが創ったフィンシーカ帝国に重ねる。もちろん、今の景色の方が何倍、何億倍も素敵だった。


 〜〜*〜〜*〜〜


 崩れてしまっていた聖女邸は元通りになり、今ではルーリアを含めた四人の聖女が祠へと向かっている。何世代もの聖女が訪れていた祠は奇跡的に無事で、掠った跡も倒れてもいなかった。


「この祠の作業も、慣れて来たんじゃない?」

「ふふ………うん。完璧」


 シェリルーライヤの確信めいた質問に、ルーリアはそう答える。シェリルーライヤの方も予想通りの返事だったようで、顔を綻ばせた。続いて、アレクサンドラが話し掛けてくる。


「あの地震の時、ルーリアちゃんが頭を瓦礫(がれき)にぶつけて気を失ったと聞いた時のロドレーム殿下、壊れ掛けていたのよ? 本当に、ルーリアちゃんが無事で良かった〜」

「ねぇ、どうして今皇太子殿下の話?」

「えぇ〜? ルーリアちゃんの好きな人だからに決まってるじゃない〜」


 そうやって軽口を叩きながらも、四人はそれぞれの祠に入ってゆく。四つの祠、癒し、知恵、浄化、魂の祠の中に入れば、見た目よりも広い世界がルーリアの目の前に広がる。


「ネオ」

「は〜い。お呼びですか、ルーリア様っ!」

「うん。最近、会ってなかったでしょう? お礼を言いたくて」


 目の前にある石版に魔力を注ぎながら、ネオを呼ぶ。彼女とはこの祠内で出会ったため、この祠に居たらいつでも呼び出し可能だ。ネオは礼を言いたいと述べたルーリアに、首を傾げる。


「お礼?」

「うん。お姉様との仲直りのキッカケを作ってくれたお礼」

「あぁ〜! 大丈夫ですよ、ルーリア様!」


 魔力を注ぎ終わると、ルーリアは掌サイズの彼女のストレートヘアを人差し指で撫でる。ネオは擽ったそうに、しかしとても気持ちが良いと言うように「えへへっ」と笑った。


「お陰でお姉様の………処刑前に、仲直りが出来た」

「処刑………ルーリア様のお母様もお姉様も、死んじゃうんだね」

「そうね。折角、仲直り出来たのにね」


 だが、ネオもずっと前に母親を亡くしている。この魂の祠は、魂が集まる場所。ネオも魂だった。けれど母親が先に魂の祠を出ていってしまい泣いているところルーリアと契約して、今ルーリアの契約精霊として肉体はないが可愛らしい姿へと変わった。肉体はないと言っても、人の形は出来ている。


「ロドレーム様にお願いすれば良いんじゃないかな」

「駄目よ。お姉様もお母様も、覚悟出来てると思うの。その覚悟を踏みにじること、出来ない。それに———」


 寂しそうな笑みを見せながら、ルーリアは言葉を紡ぐ。


「お姉様とお母様には、汚れている世界を見てもらいたいの」

「…………そっか〜」


 メティーチェイアとは和解した。ギュアカーラとは和解したとは言えないけれど。だが、あの二人はずっと輝いている世界しか見ていなかった。穢れている、汚れている、そんな世界を牢屋の中しか母と姉は知らない。全てを許したとは言わない。今のメティーチェイアは好きだし、ギュアカーラにも反省してもらいたかった。だが、これ以上ルーリアに出来ることなど、ないのだから。


「和解は出来た。お姉様とだけ」

「うん………」

「でもね。死を待つだけの瞬間も、最期に経験してもらいたいの」


 過去の、笑顔を貼り付けながら壊れ掛けていたルーリアのように。


 〜〜*〜〜*〜〜


 翌日。ルーリアは先輩聖女三人と暗い気持ちで皇城へ向かっていた。今日はメティーチェイアとギュアカーラの処刑日。皇城に着けば、この日は怖い気分で過ごすことになると、ルーリアは知っていた。


「こんちにちは。ロドレーム様」

「ルーリア。それに、アレクサンドラ、シャーロット、シェリルーライヤ……」


 無理に微笑みながら、ロドレームは挨拶する。

 そして四人は、その断頭台がある場所へと向かった。


 〜〜*〜〜*〜〜


 丸く円を描きながら、どんどん段数を積んでいっている石で造られた席の数々。平民も少々居るが、殆どは貴族家当主や皇族、聖女たちだった。皇族の中でもトップとなる皇帝とその者を支える皇妃は一番上の席から見守っている。皇太子であるロドレームとその婚約者のルーリアは一段下の席。ルーリア以外の聖女はもう一段下の席だ。


「こんなにたくさんの人が、お姉様とお母様の死を見る………」

「嫌ならば、退場させるよ。妹のルーリアの意見が一番だ」

「………いいえ、大丈夫です。ありがとうございます」


 大勢の人たちに死ぬ瞬間を見られる恐怖。それをルーリアは知らないが、一人で死を待つ経験ならある。最後にはハッピーエンドで終わるんだから何しても良い。そんなことなんて考えていない。もちろん、最後の最後はハッピーエンドなんだと確信しても居ない。


(最初はお母様。次がお姉様で、この怖いイベントは終わり………)


 令嬢令息たちからすれば、あの二人は皆の手本という印象で慕われていたため、処刑されるということはとてもショックだろう。だが、メティーチェイアとギュアカーラの演技を見抜いていた貴族も居たはず。その貴族たちからすれば、居なくなり精々するだろう。それに少し怒りたくなって、悲しくなった。


「聖女ルーリア様に暴力、皇太子殿下に暴言を言った重罪により、この者、ギュアカーラ・コキリ・セロライハラを処断する!」


 まずはギュアカーラ。ルーリアの義母であり、重罪人である。


「何か、言い残すことはないか!」


 執行官がもうボロボロな服を掴みながら彼女に問い掛ける。ギュアカーラは「………」と黙り込み、執行官を一瞬だけ睨んだ後にルーリアを何秒か睨む。

 そして、ギュアカーラの首から頭は断頭台に乗せられる。


「…………………」


 ルーリアはごくりと、溜まっていた唾を飲んだ。周りは静寂に包まれていて、誰も彼女を罵ったりはしない。罵る必要がないのか、貴族だから心中睨んだり罵ったりしているのか。


「っ」


 断頭台の鋭い刃が勢いよく落とされる。その時、大きな手がルーリアの目の前に差し伸べられた。その手の主は、ロドレームだ。


「?」

「ごめん。だが……」

「いえ。……ありがとうございます」


 ロドレームの優しさに少しだけ目を細めて、ルーリアは礼を述べた。その細めた目も、ロドレームがまだ添えている手で誰にも見れないだろう。ロドレームが手を己の膝に戻したのは、ギュアカーラの離れ離れになった身体が運ばれ終わっている時だった。


(私にはこんなにも優しい人たちが隣にいる………)


 だから勇気を出して、二人の死を認めよう。

 次に歩いて来るのはメティーチェイア。彼女の服も夢の中で会ったオシャレなドレスではなくて、過去の自分が着ていたものと似ているボロボロなワンピースのような服だった。


「同じく、聖女ルーリア様に対する暴言暴力、皇太子殿下に対する暴言という重罪により、この者を処断する!」


 殆ど同じ台詞が執行官の口から吐かれる。メティーチェイアはルーリアの方を見ずに、ただ己の目前にある断頭台を見詰めていた。顔は青ざめていて、しかし覚悟は出来ていると言うような鋭い光が瞳を照らしていた。


「———何か言い残すことはないか!」

「はい」


 律儀に返事をしたメティーチェイアに、その場の誰もが驚く。だが彼女はそれさえも目に入らないのか、真剣な眼差しを保ったまま口を開いた。


「ルーリア」


 決して叫ばず、しかし通った声で言った。もちろんルーリアにも聞こえている。その証拠に、ルーリアは僅かに震えている声で「っ、はい」と小声で言った。


「ありがとう。………また、ね」


 きちんと聞こえたその言葉を、ルーリアは大粒の涙を流しながら噛み締めた。「またね」、それはもう叶わない願望かもしれないけれど、いつか叶えられたら良いなとルーリアは思った。

 長年の誤解が解けた時にはもう手遅れだったけれど、ネオが見せてくれた夢はルーリアとメティーチェイアの中にいつまでも残っている。


(またね、お姉ちゃん)


 お母さんと呼びたかった人は悲しくも、もう死んでしまったけれど。だが、ルーリアは彼女たちを少なくとも家族だと今は思っている。

 涙しているルーリアを見て微笑み、メティーチェイアは穏やかな表情で断頭台に頭を乗せる。そして、鋭い刃が落とされた。


「…………っ」


 また、ロドレームの手がルーリアの視線を遮る。だが今は、この涙を誰にも見られないためにロドレームのその手に甘えた。


(またね。お姉ちゃん、お母さん)


 本当はずっと、気安くそう呼びたかった。


 〜〜*〜〜*〜〜


 二人が処刑された日の夜。今日は丁度、夜に祭が行われる。建国祭だ。フィンシーカ帝国の建国祭は夜に行われる。地震による被害をこの日までに終われて良かったと皇帝は言っていた。


「ど、どうかな。ねぇ、大丈夫かしら」

「もう。大丈夫って、何回も言ってるでしょ」


 今は侍女頭のノゾミと実は将来の夢は服装をデザインするデザイナーになりたいシャーロットが、こうして服のセンスがないルーリアの着替えを手伝ってくれている。


「シャーロットにお墨付き………じゃ、じゃあノゾミさん。これ大丈夫?」

「ふふふ。大丈夫ですよ、ルーリア様」


 今日はロドレームと二度目のデート。だが、今回のデートはお忍びではなく公の場になるため、貴族たちの前に出ることとなっている。夜の建国祭は、貴族や皇族たちが年に一度だけお忍び以外で城下街に立てる日である。公務でもお忍びで行くことが多々で、貴族たちも平民と同じくらいにこの建国祭を楽しんでいる。


「前は、窓から見るだけだったから………」


 思えば、メティーチェイアも建国祭に行けなかったのだろう。一緒にこの建国祭を行きたかったなと虚しくなるが、彼女の覚悟を緩める言葉は思わない方が良い。尤も、もうその覚悟を決めた後のだが。


「わぁ。試着ぶりに着た………」

「めっちゃ良い、すんごい良い。この服。……浴衣(ゆかた)だっけ?」

「そうです、浴衣。……可愛い」


 ロドレームとの一回目のデートで、彼は甚平(じんべい)を、ルーリアは浴衣を買った。ロドレームとそれらをこの日に着ていこうという約束はしていなかったが、公の場でも建国祭だ。祭りに合いそうな服はこれだとルーリアは思った。貴族に何を言われるかは別として、これを着たかったから着る。それだけだ。


「じゃあ、行って来ます!」

「行ってらっしゃい。アタシたちも後から行くからね」

「………行ってらっしゃい。夜なら、私行ける」

「ふふふ。行ってらっしゃいね〜」


 三人の先輩たちに見送られながら、浴衣を着たルーリアは手を振りかえした。下駄を履き、浴衣に似合うお団子の髪型にしてもらった。ついでに真珠が付いたかんざしも差している。


「あ………」

「ルーリア。よく似合ってるよ」


 皇城前、甘い笑みを浮かべて褒めてくれたロドレームは奇跡的に甚平を着ていた。紺色の甚平が、彼にとてもよく似合っている。貴族たちの反応だけが不安だが、これで公の場に出る勇気が今のルーリアにはあった。


「ありがとうございます。ロドレーム様もよく似合ってます」

「ありがとう。少し………その、照れくさいね」


 耳まで真っ赤なロドレームは顔を逸らして言う。攻めは得意なのに攻められたら可愛らしい反応を示す婚約者をルーリアはとてもとても、言葉に出来ないくらい好きだった。


「やっぱり、お祭りにはこれですよね」

「うん。あの時、買って良かったね」


 そう笑いながら、二人は貴族たちに挨拶に回ろうと城下街に向かった。


 〜〜*〜〜*〜〜


「結構、評価高かったですねぇ」

「そうだね」


 建国記念日を祝う花火が打ち上げられる中、二人は微笑み合う。

 この服の貴族たちの評判はよく、買ってみると言う者が多々だった。


「……ロドレーム様」

「? 何かな」


 今は階段の段に座っている。今日くらいは、良いだろう。

 ルーリアは思ったことをそのまま告げた。


「貴方に出会えて、良かった」

「……………」


 ポカンとするロドレームを他所(よそ)にルーリアは唇をくっつける。初めて自分からする、唇と唇を合わせるキスだった。


「俺もだよ。君に出会えて良かった」

「…………ふふ」


 甘ったるい笑みを二人は浮かべて、もう一度、深いキスをした。

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