3話 大失敗と可憐なカーテシー
宜しくお願いします。
「貴女の妹——ルーリア嬢に会わせていただけませんか?」
そう彼が言ったのは三分前。
ロドレームと向かい側の長椅子に座っていた母と姉は、青褪めながら何とかロドレームに諦めてもらえるよう、説得という名の言い訳を先程からずっと五月蝿いくらいに言っていた。
「で、ですが皇太子殿下、わたくしの妹は病弱で……」
「それに、あの子は人前が苦手なのです!」
メティーチェイアに続いてギュアカーラが言い訳を述べる。淑女の欠片もないとはこのことだ。社交界では猫を被りそのせいで人気な二人とは思えないだろう。
(今はお母様とお姉様に頑張って欲しいと思うわ。何せ私はこんな格好。皇太子殿下のお目汚しになるかもしれないもの。それに、血のような赤黒い髪と瞳だし)
男性とはいえ、ロドレームは皇太子だ。前線なんて立ったことないだろうし、血を見ることはあって片手で数えるくらいしかないだろう。
(私のこの髪と目を見たら……吐き気がしてしまうわよね)
自嘲気味に微笑むルーリアの耳に、ロドレームの諦めた声色が聞こえた。
「……無理なお願い、ですか。申し訳ありません、今日のところはもうお暇しますね。ありがとうございました、セロライハラ侯爵夫人とメティーチェイア嬢」
「はい……!」
「本日はわざわざ来てくださりありがとうございます」
ロドレームは先程の変わらない笑みで「いえ」と返す。
(え、これだと!)
やばいと思った時には、もう遅かった。
ロドレームが扉を開き、反射的に扉から体を離す。だが、それは判断を誤ったと言えよう。音を立ててでも良いから、早くこの場から去れば良かった。そしたら最初にメティーチェイアの自室から出たロドレームには気付かれようとも、あの二人には気付かれなかったかもしれないのに。
ロドレームは表情が、先程の仮面のような笑顔から驚愕に染まり、皇太子とは言い難い表情をしていた。ルーリアは、貴重な表情が見れたと思う。
反対に、ルーリアは青褪めていた表情から、ニコッと先のロドレームのように笑顔の仮面を貼り付ける。
(人前では、笑顔を見せていないと。せめて、私の醜さが薄くなれば……)
そんなことを考えている場合じゃないのだが、ルーリアはそれ以外考えなかった。
「……!」
「……………」
ロドレームは驚愕から、それとは違うような表情で目を見開いた。どう表現すれば良いだろう。悲しい、美しい、強い、それらが集まった奇跡のように感じた。
(それに、薄ら頬を染めているような……)
「………」
「!」
ルーリアは美しく微笑んだ後、メティーチェイアを見て一人で学んだカーテシーを披露する。一生使わないと思っていたが、まさかこんな嫌なタイミングで披露することになるとは。
ロドレームは目を細め、うっとりとルーリアを見ている。
まるで、可憐なものを見ているように。
それに、ルーリアはギュアカーラとメティーチェイアのことを忘れて頬を赤く染めてしまった。だから、メティーチェイアがそれに怒っているのは知らなかった。
ロドレームはハッと我に返り、メティーチェイアたちに向けていた先程の仮面の笑みで、「玄関は何処でしょう」と尋ねる。ギュアカーラを見ながら。
「あ、玄関はあちらになります——」
ギュアカーラがロドレームをお淑やかに誘導すると、ロドレームはそれに従う。メティーチェイアも二人の後ろをついて行ったが、その瞳はルーリアをジッと睨んでいた。
(……怖い)
ルーリアはただ、微笑んで三人を見ているだけだった。
〜〜***〜〜
ロドレームが帰城するため馬車に乗った後、躾の時間がやってきた。
(今回は、とても痛い鞭を持って来るわ。絶対……)
それを思い浮かべると、怖さで鳥肌が立つ。
いつも通り、ボロボロの自室で床に座りながら待っていると、ボロい扉のキィという何とも嫌な音が聴こえた。
「おねえ、さま……」
「いやだ、止めてちょうだい。『おねえ、さま』なんて呼ばれても鳥肌が立つだけなのよね。はぁ……やっぱり何度見ても気持ち悪くなるわ。その髪と目」
「………申し訳ございません、メティーチェイア様」
(申し訳ございません、お姉様)
指摘されたばかりなのにお姉様と呼ぶのは、一種の嫌味であった。だがそれを声に出したりはしない。打たれると思うと、怖いから。
まぁ、これから鞭で打たれるのだが。
(でも、どうしてお母様は居ないのかしら。鞭を持っているのもお姉様だし……)
いつもならば、鞭を持っているのはギュアカーラであったはず。
そんなことを考えている間にも、ルーリアは笑顔だ。
「あっはは! 貴女、生意気なのよねぇ。今日はロドレーム様と初めての顔合わせだったのに。あ、そうだ。あんたのこと悪く言ってごめんなさいねぇ? でも、しょうがないじゃない、貴女が醜いのがいけないのよ? ロドレーム様の帰り際に、バケモノに遭遇しちゃったけど、ロドレーム様はわたくしを見初めてくれたはずよ! 貴女のことなんか眼中にも入ってないわ!」
「……はい、存じ上げておりますわ。メティーチェイア様」
(大丈夫よ。ちゃんと笑顔は保ってるはず。痛くも痒くも……イタッ‼︎)
これでも気を紛らわそうとしているが、鞭には勝てず。
「はぁ……本当に、生意気でバケモノな妹さんを持って、わたくし悲しいわ」
「…………」
ニコッと微笑むルーリアに、メティーチェイアは鞭を持つ力を強くした。
ありがとうございました。




