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28話 お話

 暫し経ち、ネオが帰ってきた。空から舞い降りるように戻ってきたネオは、『ルーリア様〜!』と大きく手を振っている。


「ネオ! お母様は、なんて?」

『えっとね〜。『大丈夫、娘がそれで幸せになるのなら』だって〜!』

「まぁ……幸せ、か……。そうよね、これで断られても、スッキリして、ある意味幸せかもしれないわね……」

『あ、それでね〜〜。皇太子殿下、もう直ぐ寝るからね!』

「分かったわ! ありがとう」


 ロドレームがもう直ぐ寝るということは、ルーリアも寝ないといけない時間になったという訳だ。同じ時間に寝なくても、一応一緒の夢は見られるとは思うが、ルーリアとしては同じ時間に寝た方が、慕う人と同じ夢を見る可能性が高いと思っているため、お礼を述べた。

 窓を閉めて窓の鍵を閉め、書斎を出る。先程読んでいた幼馴染同士の恋物語は、開きっぱなしで机上に置いてあった。

 寝室に向かうと、いつも行っている、大の字になってベッドにダイブする行動。淑女としてはあまり良くないかもしれないが、ここには侍女も侍女長であるノゾミもいないし、先輩の聖女たちだっていない。裏では淑女も息抜きをしているだろうし、自分も裏では淑女とは思えない行動をしても良いのでは、というのがルーリアの考えだ。


「ふわふわ〜〜……」


 そう言ってしまうくらいには、疲れているのかもしれない。色々な感情が混ざる。興奮、楽しみ、不安、もしものことを考えてしまう。そんな複雑な感情が心をウズウズさせる。ロドレームと会う。夢の中であっても、それはルーリアにとってこの上ない喜びであり、一日の褒美でもあった。


(数日前までは、『救ってくれたからお役に立ちたい』そんな理由だったけど。今は、あの方のお側にいたい、そのために聖女の役目を頑張ってるみたい——)


 そこまで考えて、完全に暗闇に閉ざされた。


 〜〜***〜〜


 辺りは水。今、ルーリアは水面に横たわっている。夢なのに水面に付いている身体がひんやりするのは、ネオのお陰なのか。

 だが、何故そんなことをしたのだろう。


『流石は夢の中って、言った方が良いのかしら』


 ネグリジェは変わらないが、寝癖がついている訳ではないためホッとした。寝癖があってそれをロドレームに見られると思うと、耐えられない。

 起き上がり、立ち上がった後、ルーリアは辺りを見渡した。何処を見ても同じ景色で、飽きてしまいそうだ。なんでずっと見ていられるのかが不思議だ。

 ロドレームは何処にいるのだろう。


『まぁ、進んでみないと分からないわよね』


 歩き出そうとしたが、一歩踏み出すことに少しだけ恐怖を抱く。もしも、動いた途端に底が見えないこの水に溺れてしまったらどうしようと。海でもない、湖でもない、池でもない、この辺り一面に広がる水らはなんなのか。だが、夢のため考えても仕方がないと、ルーリアは(かぶり)を振った。勇気を振り絞って一歩踏み出すと、足元から水面が波打ち、もう一歩踏み出すとまた波打つ、ということが繰り返されて、次第に足踏みをしてしまう羽目になった。

 だが、直ぐにハッと我に返る。


『いけない。今はロドレーム殿下を……探さないと』


 小走りでロドレームを探す。ネグリジェのため転ばないだろう。転んでも別に痛くなさそうだし、ひんやりして気持ち良いかもしれないが、今はそれどころではない。

 ロドレームは今、どんな気持ちなのだろう。ここはネオが作った夢の中だが、ロドレームの夢でもある。ネオは夢を見せるだけで、何を何処に配置するか、どんな世界線にするかは本人の頭に任せているようだ。だが、これがロドレームの世界なのか。ルーリアの知るロドレームは、優しくて、話術が上手で、直ぐに異変に気付いてくれる。いつも柔らかい、コンプレックスなんてないのだと、思い込んでいた。誰に対しても平等に扱ってくれて、平民だろうが貴族だろうが、血みたいな汚れた令嬢だろうが、全ての人がこの国に、この世界に存在することを許してくれる。そんな優しい人なのだと。この人こそが次期国王に相応しいと、きっと全ての国民が思っていることであろう。

 だからまさか、こんなに寂しい世界にいるなんて、思わなかった。

 ルーリアはロドレームに、理想の王太子というレッテルを貼っていたのだ。

 だからルーリアが、ロドレームに望むことは。


(側にいて欲しい、これは変わらない。けれど、この寂しい世界に一人でいたのなら。誰にもこの寂しさを打ち明けていないで、ずっと苦しんできたのなら。もしも、皇帝になることを恐れているのなら。もし、貴方の責任感が強くて、それのせいでずっと苦しんできたのなら。励ましてあげたい)


 皇太子としての責任を投げ出さず、自分を鳥籠へ入れていた貴方を。


(励ましたら、ウザがられるかもしれないけれどね)


 そう苦笑するが、気持ちは変わらない。

 ロドレームという愛する人の名を、いつまでも守りたい。


(でも、あの侯爵邸から救ってくれたから、お役に立って恩返しをしたいと思っていた。けど、本当はロドレーム殿下。貴方に認めてもらいたい、見初めてもらいたいと思っていたから、あの時お姉様に立ち向かえた。ホントに、貴方には感謝しても仕切れない)


 いつの日か、ロドレームと手を取り合える日が来るならば。

 その時が来るのは、遠い未来でも近い未来でも良いから。


(———私の好きな人になってくれて、ありがとうございます。私と同じ気持ちならば、私をどうか、妃にしてくださいませんか?)


 秘密があるなら、話して欲しい。今のルーリアの心の声を一言で言うと、それだった。だってルーリアにとって、ロドレームは聖女という立場よりも、先輩たちよりも、大事にしたい、失礼ながらも可愛いと思ってしまう、そんな人だから。

 暫く小走りでロドレームを探していると、人影が見えた。水面に映るその姿は、確かにロドレームのもので。ルーリアは足音は一切立てないで一歩、近付いた。今のロドレームは膝を抱えて、どこか落ち込んでいる様子だった。明らかに落ち込んでいる。とても声をかけづらい雰囲気で、ルーリアはそれ以上動けなかった。

 だからその場で声を掛けようとした途端に。


『ロド……』

『俺は、どうすれば良いのだろう』

『…………』


 ルーリアの言葉を無意識に遮り、ロドレームが独り言を呟く。夢の中だからか、元々ルーリアの耳が良いからか、ハッキリと彼の呟きが聞こえた。

 だか紡いだ言葉は、予想していなかった。


『強くならなければいけないのに、ルーリア嬢を泣かせてしまった。彼女はあぁ言ってくれたが、返事はどうすれば……俺自身がルーリア嬢を好きなのかすら、分からないのに』

『………っ!』


 嫌な意味で、胸が苦しくなった。

 当然だ、慕う人が自分のことを異性として好きなのか否か迷っているのなら、それを目撃した本人は締め付けられるように胸が痛くなるだろう。


『ただでさえ、皇太子という身分は俺には似合わないのに……、ルーリア嬢を泣かせてしまって。これじゃ、皇太子とは名乗れないな』

『……………』

(そんなことないのに。むしろ、似合い過ぎるくらいなのに……)


 それを声に出したりは、出来なかった。


『はぁ……皇太子を、やめるか?』

『…………っ!』


 百も承知で言っているのだろう。皇太子がそう簡単にその身分を、立場を放棄することは許されない、出来ないと。承知の上で、彼は言っている。

 冗談なんてものじゃない。その声音、声色は、本気だった。

 継承権を捨てる方法は、重い罪を犯すか——自殺だ。

 だから、気付いた時には動いていた。


『……………』


 水面を歩く。直ぐに小走りになり、最後には全力で走るようになった。夢の中の影響か、水の音は何一つ聞こえない。それが今は救いだ。だが、この音が聞こえないというのは、ロドレームの心境を表しているかもしれない。

 何故、こんなにも皇太子に——次期皇帝に向いている人が、全ての貧しい人たちも、全ての平民も、全ての貴族も。何よりルーリアの存在を許してくれている人が、皇太子を辞めていい訳がない。

 ロドレームのところに辿り着く。まだ膝を抱えているので、ルーリアの存在には気が付いていないのだろうけれど、そんなことで心が痛むルーリアじゃない。ただでさえ、ロドレームの精神が瀕死状態という時に。




 人に優しくする、貴方が好き。

 仮面を被り、その下では臆病者な、貴方が好き。

 直ぐに駆け付けて、絶対に助けようとしてくれている、貴方が好き。

 まだあるけれど、今は行動することが大切。




『……………』

『……え?』


 ロドレームを、後ろから優しく、抱き締めた。


『ロドレーム“皇太子”殿下』

『っ、え? ………ルーリア、嬢……? これは夢だから、だから……』


 ロドレームはよろよろと立ち上がる。その際、ルーリアの方を向いたので、対面する形でルーリアは抱き締めているが、そんなこと今はどうでも良い。


『いいえ、違います。私の契約精霊に力を貸してもらい、ここへ入りました』

『……………』


 黙るロドレーム。先程の独り言が聞かれたと悟ったのだろう。

 そのうちにと、ルーリアは口を開く。


『……大丈夫。安心して、生きてください。生涯を幸せに遂げられるように、ちゃんと、安心して、国王になってください。貴方を人として慕う人は、たくさんいるのですよ? 城下街の人々、貴族の皆様、それと……私も』

『………………っ!』


 ロドレームは、目頭が熱くなるのを感じた。それと同時に、二人の周りには一つのシャボン玉が出来た。そのシャボン玉の中には、一つの想い出がある。国王が、汗をかき髪が乱れている、恐らく出産直後の王妃と、王妃の腕の中で大人しく寝ている、小さな皇子が映されている。これは、ロドレームが産まれた際の想い出。


『辛かったね、我慢したね、ずっと、ずっと……』

『……………っ』


 ロドレームの瞳から、ついに一粒の涙が出た。

 そしてまた、シャボン玉が出来た。

 ロドレームが初めて立てるようになった日。王妃は国王を呼んで、侍女たちも呼び、ロドレームの成長を『凄いわ、ロドレーム!』『あぁ、本当に』と祝っていた。

 それを見て、ルーリアは思った。


(大切にされていたんですね。ロドレーム皇太子殿下)


 時は流れ、このシャボン玉はロドレームが五歳くらいの時だろうか。皇太子教育を施されて、厳しく泣いた、苦い想い出。けれど、それの隣にあるシャボン玉には、意を決して厳しくとも皇太子に必要なことを理解しようと、椅子に座りノートを机に広げる想い出。

 たくさんの想い出が、今、ここに集まっていた。


『それと……私を、ルーリアを助けてくれて、ありがとうございます』


 侯爵邸から救ってくれた。

 聖女の初仕事の時、姉から救ってくれた。


 だから次は、自分が———私が伝え、救いたいと思うのだ。

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