13話 夜という時間帯にも拘らず
宜しくお願いします。
頑張ると決意したのは数時間前。今は、大浴場へ向かう途中だ。ルーリアが抱えているバスケットの中には、体拭き用のタオルと、侍女長であるノゾミが用意してくれた着替えが入っている。
珊瑚が手すりになっている回廊は、聖女邸で自慢出来るうちの一つだという。また、この回廊から夜空を見上げると、木々の隙間から星々が光り、とても美しいそうだ。
(私もいつか、見てみたいな)
今の時間帯は夜ではあるものの、星はあまり見えない。それに少しだけ、心細く感じた。前々は一人でも全然大丈夫だったのに。
(この一日で、随分と変わっちゃったな……)
昨日までの己を振り返りながら、ルーリアは大浴場へ向かった。
〜〜***〜〜
大浴場の脱衣所に着くと、もう三人揃っていた。
お待たせしてしまったかなと思い「お待たせしてしまって、すみません」と謝ると、良いわよ、平気、大丈夫などの言葉を貰えた。
「それに今更だけど……こんな格好にずっとしてしまって、ごめんなさいね」
「い、いいえ……! 大丈夫です、アレクサンドラ」
「良かった。……でも、今日からこの時間帯に大浴場で身体を清めるからね?」
「はい」
バスケットを自分用に用意された棚の上に置いて、パジャマをハンガーに掛け、戻す。タオルはバスケットに入れたままだ。
この棚は、右側にハンガーが掛けられていて、服を掛けるスペース。左側は、バスケットを置くスペースや、他にもバスケットがあり、その中には櫛や歯磨きセットがある。一番下にはリンス、シャンプーなどが置いてある。
棚を観察しているとシャーロットの「準備しよ」という声が聞こえた。
「あ、はい……!」
(初めての大浴場……! 転ばないようにして、皆様に迷惑をかけないように!)
薄茶色の質素なドレスをバスケットに入れ、代わりにバスタオルを服代わりに。
聖女の三人もそうで、ルーリアはそれを真似ただけだが、三人には「凄い!」と褒められた。姉のカーテシーを真似ていたから、真似して自分の力にする癖が付いたのだろう。有難いなぁと、ルーリアは思う。
大浴場に入ると、それはそれは広々とした空間に、大きなお風呂が右側にある。左側には、人数分のバケツが置いてあり、それで身体や髪を洗い流すようだった。
入った瞬間、「わぁ……!」と感嘆の声を上げたのは無論、ルーリアだ。
「あんまりはしゃぎ過ぎないように。滑る」
「……! そうですね、シャーロット。………気を付けよう」
(忘れてた……! 話に聞く限り、大浴場はとても滑るのよね。頭を打たない、滑らない、皆さんに迷惑を掛けないようにしないと……!)
胸元で手を組んで、決心したような表情になる。まるで、「よーし! 頑張るぞ!」と言っているようで、ルーリアを見ていた三人は優しい眼差しを送る。
身体を洗い流すと、四人はお風呂へ入る。四人入っても余裕のあり過ぎるそれは、泳いでも大丈夫そうだった。だが、シャーロットに呆れられながら「やめなよ」と言われたため、残念ながら泳ぐことは出来なそうだった。
(まあでも、淑女として、はしたないわよね。……まだ、淑女とはメチャクチャ程遠いけれどっ! そう、まだ……!)
初めてのお風呂だったこともあり、お湯に浸かると十分で頭がボーッとなってきた。だが、まだ気持ちが良いくらいなため入っておく。
そして、自分の変わりように驚いてしまう。
(私は……昨日までお姉様とお母様に虐げられてた? けれど……今日の買い出しで私は何か凄い力を発揮して、皇太子殿下——ロドレーム殿下に皇城に連れられた。それで、今日は聖女の皆様に出会って……今日だけで、仲良くなった。と思う……)
ふにゃっとした笑みを浮かべて、ロドレームのことを思い出す。
直ぐに頬に触れるとこの上ないほどに熱くなっていた。
(——あ、湯船、浸かり過ぎちゃったかな……)
そろそろ出ようと「上がります」と三人に言う。
「分かったわ。ごめんなさいね、無理しちゃったでしょ」
「いいえ、そんなことありません。シェリルーライヤ。気持ちが良かったです」
「それは良かったわ〜。これからは毎日、一緒に入りましょうね〜」
「はい、勿論です……!」
「ねぇ、ルーリア」
「はい? なんでしょうか?」
シャーロットは言いにくそうに口を開く。
「四人で、上がった後にジュース飲まない?」
「「「え?」」」
シェリルーライヤとアレクサンドラも予想していなかったようで、ルーリアと一緒に驚きの声を上げる。シェリルーライヤは目を見開いて固まっている。アレクサンドラも同様だ。ルーリアは、そんなにシャーロットがそう言うことが珍しいのかと、疑問を持ってしまうほどに余裕だった。
「シャーロット、貴女……」
「ちょっ……シェリルーライヤ? ………別に、気分だったからね」
三人の視線に耐えられなかったのか、シャーロットは少しだけ顔を逸らす。薄ら頬を染めながら言ったシャーロットは、恥ずかしそうにしている子供にしか見えなかった。
ルーリアがシャーロットに見入っていると、アレクサンドラが目を潤ませて口元に手を当てていた。そして、感動したようにシャーロットに抱き着く。
「いつも陰キャラで悲観して日光が嫌いなシャシャちゃんが、まさか、そんなことを言うなんて……!」
「え、ちょっ! 最初酷くない⁉︎ っていうか抱き着かないで! アレクサンドラ腕の力強いんだから、あんたに抱き締められるとめっちゃ身体が苦しくなるから‼︎」
湯船に浸かりながらアレクサンドラがシャーロットを抱き締めている光景は、まるで親子の再会シーンのようだった。それに思わず頬が緩むのを感じた。
〜〜***〜〜
皆が上がり、今は皆ネグリジェといったパジャマに着替えている。大浴場に近い場所にあるサンルームで、夜という時間帯にも拘らず、お茶会という名のジュース飲みパーティーを楽しんでいた。
「この林檎ジュース、とても美味しいわね〜」
「オレンジって良いわね、このお菓子も美味しい」
「………桃ジュース、美味しい……」
「…………」
(皆さん、楽しそうで良かった……。ジュースって、こんなに美味しいのね……)
ルーリアが飲んでいるのはマンゴージュース。それと一緒に、ルーリアの前に置いてある小皿にはマカロンがあるため、とても贅沢な時間を過ごしている。
(こんなに贅沢をして、良いのかしら……。いえ、貴族はこれが普通なのよね)
自分も早く立派な聖女になりたいと、ルーリアは思う。そのためにまずは、貴族の贅沢を知らなければ。執務や公務といった仕事もこなしていると、ルーリアは聞いたことがある。昔、女主人であるギュアカーラが『執務も公務も面倒臭い』と言っていたことを、廊下で聞いてしまったのだ。聞き耳を立てたことで鞭打ちが激しくなったことは、言うまでもない。
思い出していると、段々と自嘲気味に笑ってしまった。
ジュースを飲んでグラスで顔を隠そうとしたが、三人には見えてしまった。
「……ルーリア? どうか、したの……?」
「ルーリアちゃん、顔色悪いわよ〜?」
「ねぇ、ルーリアちゃん。もしかして………思い出しちゃった………?」
不思議に思っていたアレクサンドラとシャーロットも、最後に発言したシェリルーライヤの意味が分かったのか、サァーっと青褪める。
(みんな、とても鋭いわね……。当たってるのが虚しい)
ルーリアは、苦しそうに微笑みながら首を縦に振る。それにシャーロットたちは、何かに耐えるようにして俯いてしまった。
(もしかして……暗い雰囲気にしちゃった? それは、申し訳ないわ……)
場の空気を戻そうと口を開こうとしたが、それはルーリアの目の前を通る何かによって、遮られてしまった。
「え?」
ルーリアの間抜けな声音に三人は顔を上げる。すると、アレクサンドラが「精霊だわ!」と声を上げた。シャーロットは目を煌めかせながら、人差し指で精霊の頭を撫でている。精霊も、シャーロットのことを笑顔で受け入れている。シェリルーライヤは片手を精霊に近付ける。精霊も、その手の中でクルクル踊っていて、楽しそうだ。アレクサンドラは、精霊に手を振っている。アレクサンドラの前にいる精霊も手を振っている。
(楽しそう……)
先程の笑みなど面影もないほど心から微笑んで三人を見ていると、ルーリアの前にも精霊が来た。「わぁ……綺麗……」と感嘆の声を漏らすと、精霊はキャッキャと「ありがと〜‼︎」と飛び回っている。
「可愛いっ……!」
そして、聖女の四人は精霊と夜のジュース時間を過ごした。
ありがとうございました!
『精霊』って、湖にたくさん居たらとても絵になりそうですね〜!




