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幼馴染がかっこいい。

作者: 犬又又

 「貴方のコンセプトは椅子マイスターです」

 困惑と期待と……そして不安と、脳裏が真っ暗になる。


 「早くご飯食べちゃってよ」

「わかってるよー」

「遅い‼ 遅刻する‼」

「先に行ってていいから」

「あ?」

「ヘスベル。おい。そんな奴放って行こうぜ」

「ガイウスは黙ってて。早く食べろ‼」

「ヘスベル‼ やめっ‼ やめぇええもがもがもが」

 ヘスベルは何時もこうなんだから。

 幼馴染のヘスベルは何時もボクを急かす。ボクはそんなに急ぐように出来ていないのに。そんな様子を眺めても両親はそれを止めてくれない。もっと小さい時からそうだ。 


 もう一人の幼馴染、ガイウスも呆れている。

 ボクはガイウスとは仲が良くない。何時も一方的に嫌われている。その理由もわかる。ヘスベルが好きだからだ。だからヘスベルが世話を焼くボクが嫌いだ。

 前はもっと仲が良かった。


 ボクとヘスベルのお家はお隣同士。

 ボクの両親とヘスベルの両親は仲が良くて、ボクが小さい頃から他人と比べて動作が遅いから、だからしっかり者のヘスベルにボクを見てあげてと両親がうっかりお願いをしてしまった。

 その結果がこれだ。

 もっと小さい頃はそれでも三人仲が良かった。

 でもしっかり者の二人にだらしないボクじゃーね。


 別に早く行動しようと考えれば普通に早く動けるし。でも動く必要がないから動きたくないし。ボクの考えるペースではまだ遅刻する時間じゃないし。でもヘスベルやガイウスにとってそれは遅い時間で。だから根本的に合っていないと感じてしまう。

 でも両親はそんなヘスベルがボクを引っ張ってくれていると勘違いしているし。

 まぁ……引っ張ってくれているのは確かだけれど。

 ヘスベルは村で一番可愛いし働き者だ。村のみんなはヘスベルが村一番の器量よしだと語っている。お嫁にするならヘスベルだって。

 村で一番可愛いのはまぁ認めるけれど……。

 でも口は悪いしケツは叩くし、平気で寝そべるボクを踏む。


 ガイウスは村で一番かっこいい男子だ。ボクでも憧れる。本当は性格も悪くない。ヘスベルの件が無ければの話だけれど。

 自分の好きな女子が構っている男子がいて、その男子がボクだったらボクでもそうなる。家が隣同士だからって、それだけで構って貰えるのだから仕方がない。

 だから別にボクはガイウスが嫌いじゃないよ。

 喧嘩だって勉強だって一番できるしね。

 ヘスベルを抜いたらの話だけれど。


 今日ヘスベルが興奮気味に急いでいるのには理由がある。

 今日はボク達が神様から啓示を受ける日だからだ。

 たった一つのマイスターを与えられる。マイスターは言い過ぎかもしれない。

 たった一つのコンセプトと呼ばれるプレゼントを受け取る。

 コンセプトソルジャー。コンセプトプリースト。コンセプトウィザード。

 そんな中でもマイスターはみんなが欲しがる強力なコンセプトだ。ハズレじゃ無ければの話だけれど。まぁでもマイスターはハズレでも規格外だ。

 雑草マイスターが雑草から伝説の薬を作ったり、食べられる野草を発掘したりする。


 ボクは正直コンセプトを授かるのがあまり嬉しくない。

 コンセプトを授かると自然とヒエラルキーが生まれてしまうから。だから疎ましくさえ感じる。

 弱いコンセプトは強いコンセプトに嫉妬する。

 強いコンセプトは弱いコンセプトを虐げる。

 みんながそうじゃないよ。でも今までの関係が壊れるのには十分過ぎる。

 ボクだってそうだ。だからそうはなりたくないけれど、コンセプトを授からないと生活すらままならないから受け取るしかない。

 でも強いコンセプトでも弱いコンセプトでも他人との諍いになると考えるとため息が漏れるし足だって重くなる。ギリギリまで授かりたくない。


 コンセプトを授ける女神様は、何時も生まれた条件環境で最善を尽くして生きなさいって聖女様にお告げをする。

 それはわかるけれど現実的にそれができるのかと告げられれば否で……。

 ボクだってヘスベルは好きだよ……。

 小さい頃から一緒にいるし……。

 今更離れ離れになったらやっぱり寂しい。

 でも弱いコンセプトだったのなら一緒にはいられないと感じる。


 ガイウスもヘスベルもさ。この村に留まっているような器じゃないもの。

 ボクは温なこの村が好きだしこの村で生まれた。この村で一生を終えると信じて疑わない。


 兄さまはコンセプトが剣聖だった。

 姉さまはコンセプト聖女だった。

 二人共王都の学校へと入学するために家を離れて行った。ボク当ての手紙は頻繁に届くけれど、もうお家にはあまり帰って来ないのかもしれない。

 期待と不安と――両親は気にしなくていいって……。でも。

 良いコンセプトにならなければ……。ヘスベルとは……。

 そして多分……ボクのコンセプトはそんなに良くない。

 自分の器は自分が一番良く理解している。


 「貴方のコンセプトは椅子マイスターです」

 教会でそう告げられて困惑した。

 椅子マイスターってなんだ。椅子に関係するのはわかる。椅子を作れるって事なのだろうか。椅子マイスターってなんだ……。

 ガイウスの笑い声が聞こえた。静寂の中、複数の笑い声が徐々に響いて来る。その声は耳を劈き、指された指が槍となって――。

 隣に佇むヘスベルに視線を向けることができなかった。

 ガイウスのコンセプトは魔法剣士。

 ヘスベルのコンセプトは聖騎士だった。

 他の人達も戦士とか魔術師なのに……椅子マイスターってなんだ。

 耳が痛くなるほどの鼓動が動悸の速さを伝えてくる。頭に血が昇って来るのを感じる。いたたまれない。居た堪れなくて足が動いて。ここにいたくないと動いて。心臓が痛くて。歩いて屋根の影から抜けると日差しがジリジリと痛くて。とぼとぼ歩いていた。


 ヘスベルとの決別を意味していた。

 両親は許してくれるだろうか。兄さま姉さまは普通に接してくれるだろうか。

 泣きたくなんかないのに――鼻が鳴って仕方ない。

 別に椅子が嫌いなわけじゃない。せめて剣士とかだったら……。

 椅子マイスターはあんまりでしょ。意味がわからないんですけど……。


 家にも帰れなくて……帰りたくなくて、両親の表情がどうなるのか怖くて。

 山に登った途中の岩に腰を下ろして、自問自答やこれからをずっと考えていた。

 貴族の世界では弱いコンセプトは容赦なく切り捨てられると聞いた。雑草マイスターの人だって元は王族だけれど、追放されて辺境へ追いやられたと聞く。

 最近では竜騎士の一族が剣士の息子を追放したらしい。


 マイスターなら椅子に関してはプロフェッショナルになれるはずだ。椅子のプロフェッショナルってなんだ……。

 想像していたよりもヘスベルの事が好きだったみたいで、それに気付いて余計に悲しくなってきた。

 ヘスベルは聖騎士だ。椅子マイスターとの接点があんまりにも無い。

「こんな所にいた」

 ビクリと体が跳ねた。ヘスベルの声だ。すぐに振り向いてしまった。そして泣いていたと知られるのが嫌で顔を反らして勢いよく拭ってしまう。

「何? 泣いてたわけ? まぁいいわ。帰るわよ。お父さんお母さんも心配してる」

「……別に」

「早く立ちなさい」

「帰れないよ」

「立ちなさい‼」

「うるさいな‼ ほっといてよ‼」

「何そのありふれた台詞‼」

 襟首を掴まれてぐぇってなる。カエルなのかボクは。いっそうの事カエルだ。

 わかっていたけれど力が強い。コンセプトが判明してからの能力向上効果を体感している。もうボクはヘスベルには勝てないだろう。

 喧嘩しても勝てた事ないけど。


 「ほっといてよ……」

「何いじけてんのよ。たかだがコンセプトが判明しただけでしょ。椅子マイスターが何よ。椅子のプロフェッショナルって事でしょ? いいじゃない」

「良くないよ……。なんだよ椅子マイスターって」

「いいじゃない。手始めにあたしの椅子も作ってよ」

「やだよ……もう行ってよ」

 口になんか出したくなかった。これから告げる台詞は完全に当てつけや、希望的観測だってわかっている。それでも口に出さずにはいられない。喉から零さずにはいられなかった。

「ガイウスの所へ行けばいいでしょ……もうほっといて」

 本当はガイウスの所へなんか行って欲しくない。残ってほしい。馬鹿だよねほんと。こんな女々しい台詞が他にあるかって話。心臓が裂けるように痛くて行かないでと叫んでいる。捨てないでとも叫んでいる。その癖、それも仕方ないと考えている。自分を守るために必死だ。

「はぁ……なんでガイウス? 意味不明なんですけど」

「聖騎士なんて、すごいじゃん。王都の学校だって入学できるし……」


 彼女の……ヘスベルの展望を考えれば王都の学校へ入学して出世コースに乗った方がいい。女神様へ仕える神殿騎士やランクの高い冒険者にだってなれる。

 聖騎士は補助に回復、聖なる護りに聖なる攻めと隙が無いコンセプトだ。引く手あまただよ。ボクはそこにいらない。

「私、あんたと付き合い長いからか、あんたの思っている事が手に取るようにわかるのよね」

「なにそれ……」

「ガイウスから誘われたわよ。断ったけど……」

「なんで?」

「嬉しそうな顔しちゃってわかりやすい」

「そんな事無いよ‼ 嬉しくない‼ なんで断ったの?」

 図星だ。他の事なんかどうでもよくなるぐらい嬉しくて考えが全部すっぽ抜けてしまった。嫌な奴だボクは。

「今度は何? ボクは邪魔だとか考えているわけ? 彼女の展望を考えればとかアホな事考えてるんでしょ」

「そんな事考えてないよ‼」

「あっさいのよねあんたって。考えが浅いのよ。ほんとあっさいわ」

「浅くないようるさいなぁ……」


 図星過ぎてグウの根もでない。

「私が聖騎士ならなんなのよ。ガイウスが魔法騎士なら何なわけ?」

「剣士……。魔法剣士」

「どっちでもいいわよ。それで? なに? あたしがガイウスと組んで貴方を捨てて王都に行くとか考えてるのよね? ほんとしょうもな」

「うるさいなぁ……別に捨てられるとか考えてないよ。恋人でもないし……」

「あんたは恋人をコンセプトで選ぶわけ? 友人をコンセプトで選ぶわけ? ガイウスが魔法剣士なら好きになってついて行くの? ガイウスが魔法剣士なら将来出世するから一緒にいようとか考えるわけ? あっさいのよねぇあんたって」

「なんで? だってそうじゃないの?」

「それガイウスが好きなんじゃなくて魔法剣士が好きって事なんじゃないの? どうなのそれ? 人としてどうかと思うけど? あんたはそんな女が好きなわけ? そもそもそれなら他に魔法剣士なんかいっぱいいるでしょ。そいつらもみんな好きになるわけ?」

「……そう言うわけじゃないけど」

 気圧される。圧倒的正論になす術もない。人間性でも負けている。

「わかった……ボクが全部悪い。もういい。帰る……」

「最初からそう言えばいいのよ」


 歩き出すとヘスベルも隣を歩き出した。汗と草のニオイ。探してくれたんだ。考えていたよりもボクは――衝撃ッ。お尻を叩かれた。飛び上がってしまう。

「シャンと歩きなさい‼」

「やめてよ‼」

「ん‼」

「今度はなに?」

 差し出された手の平。草の汁や土で汚れていた。どれだけ探してくれていたのだろう。

 それが嬉して嬉しくて、鳴りそうな鼻を抑え込み瞼を閉じれば雫が零れそうで耐える。

「早く手を出しなさい」

「やだよ」

「早くしなさい‼」

「うー……」

 手を差し出すと握られて。ヘスベルの体温が伝わって来る。力強く引っ張られて……寄り添い歩くと徐々に柔らかくなってゆく。ツンと見据えた鼻先。淡い口の緩み。視線は高く――張った彼女のラインに心の臓が鐘を打つ。風に舞う葉の中で土を踏む靴。ヘスベルが隣にいるだけで何処までも行ける。何処までも。


 それを引き留めて抱きしめたい。ニオイを嗅ぎたい。その手の甲に唇を這わせたい。そう考えて辟易とした。その背中のラインに両手を這わせて抱きとめたい。頬を擦り合わせたいなんて……。なんて卑しいエッチな男なのだボクは。

 やっぱりボクは彼女と一緒にはいられない。

 ボクは彼女が好きだ。それを強く強く自覚する。一緒にいたい。何時までも。でもだからこそ、彼女には幸せになって欲しい。

 まぁ告白したところで、フラれるだろうけれど……。


 家に帰ると両親にこってりと絞られた。怒られた。心配したと怒られた。

 テーブルの上の夕食。まだ食べていないと席へと着いた。

「ヘスベルちゃんも食べていって」

「ご馳走になります」

「何時もありがとね。まったくこの子ったら、何時も迷惑かけて。そんなんじゃ何時かヘスベルちゃんに捨てられちゃうわよ」

「……うるさいなぁ」

「大丈夫ですよ。おばさま。慣れてますから」

 そんなのに慣れないでよ……。

 夕食はボクの好きな物ばかりだった。木の実衣の鳥肉揚げ。葉野菜の塩油和え。白ソースのモコモコロッケ。ネズミの尻尾カリカリ焼き。甘チーズたっぷりパン。


 母さまありがとう。

 口に出してそれを告げたいのに、恥ずかしくてその言葉が口から零れなかった。

「それで? コンセプトは何だったんだ?」

 父に改めて告げられる。ヘスベルは話をしていないらしい。

 ヘスベルへと視線を向けるとヘスベルは視線を逸らさず、自分の言葉で語りなさいと視線で誘導してくる。両親にどう接せられるのか考えると怖い。


 気まずくて息を吐いて、視線を逸らしてしまう。

「椅子マイスター……」

「なに? イアイアハスター?」

「違うよ‼ 椅子マイスター……」

「マイスター……やったじゃないか‼」

 怒ってない。両親の表情は驚いてはいたけれど、その中に失望や糾弾の色はなかった。それに安堵して声を荒げてしまう。

「でも椅子だよ!?」

 椅子だと告げても両親の顔に失望の色は現れなかった。それにとても安堵してしまう自分がいる。

「うふふっ。いいじゃない。椅子マイスター」

「兄さまは剣聖で姉さまは聖女なのにボクは椅子マイスターだよ‼ 父さまは拳聖だし母さまはビショップだよね⁉ なんでボクだけ椅子マイスターなの‼」

「なんでだろうなー。でも女神様はそれが相応しいと選んでくれたんだよ。与えられた運命を精一杯生きなさい。みんなそうだ。だからお前も椅子マイスターとして精一杯生きなさい」

「わかってるよ父さま……」

「でもそれじゃあ……これから楽しみねー。丁度椅子が欲しかったのよー。縫物をする時に座るいい椅子が無くてねー。お願いよ。お母さんに椅子を作ってね」

「あっ。おばさま。一番はあたしですから」

「えー? そうなの? お母さんが一番じゃないんだ?」

「うるさいなぁ……」

「父さんにも頼むよ。書斎の椅子が体に合ってなくてなぁ。腰が痛いんだ」

「あっ。おばさま。おじさま。今日は泊まっていっていいですか?」

「あらいいわよー。え? なに? うんうん? えー……しょうがないわねぇ。貴方達もそんな年頃なのね……寂しいわ。お母さん」

「俺がいるじゃないか」

「あなた……」

「変なメロドラマするのやめてよね……。ご飯食べてるんだから」

「もう‼ この息子ときたら‼」

「デリカシー‼」

「親のイチャイチャなんて見たくないよ‼」

 ボクが考えている以上に、家族がボクを大切にしてくれていて安堵する。その優しさが骨身に染みていた。


 与えられた生、運命を精一杯生きる。

 何時までも悲壮にくれていないで、気持ちを切り替えないといけないのはボクのほうだ。

 椅子マイスター……。しっかり考えなきゃ。

 お風呂に入り――。

「ちょっと‼ ヘスベル入ってこないでよ‼」

「あら何よ急に。ついこないだまで一緒に入ってたじゃない」

「今はもうついこないだじゃない」

「へなちょこのくせに」

「いたっ‼ ちょっと‼ 何処にデコピンしてるの‼」

「可愛いわね。ほら背中流してあげるわよ」

「ぢいざくないよ」

「誰も小さいなんて言ってないでしょ。他のなんかお父さまのしか見た事ないわよ。比べるまでもないけど」

「うー‼」

 ボク、怒ってもいいと思うこれ。


 お風呂からあがったら着替えて寝る準備。

「ちょっと‼ 入ってこないでよ‼」

「ついこないだまで一緒に寝てたでしょ」

「もうついこないだじゃない‼」

「何? まさか意識してるわけ?」

「そんなわけないでしょ……」

 いいニオイでクラクラする。あんまり傍に来ないで欲しい。

「いいニオイでしょ? とっておきなの。あたしの母さまも父さまをこれでメロメロにしたのよ」

「何企んでるの……?」

「あんたのあっさい考えなんて見通しよ。どうせ傍にいられないとか、ボクの傍にいたらとか考えてるんでしょ? わかってるんだから」

「そんな事考えてない……えっ!? なに!? なんでベッドに入って来るの‼」

「なんでってあたしに床で寝ろって言うわけ?」

「うー……じゃあ、ボクが床で寝るよ」

「いいからここいなさい」

 なんなのもう……どうすればいいの。顔に血が昇ってクラクラする。顔が熱い。心臓がトクトクとなって好ましいと感じている自分がいる。ここにいたい気持ちとここから離れたい気持ちが勝負して、ここにいたい気持ちが勝ってしまう。動けない。動きたくない。


 「今日はもうおばさまもおじさまも……ふぅ。もう部屋には来ないから。なんか熱いわね」

「え? なんで?」

「あんたは覚悟が足りないのよ」

「ちょちょちょちょちょちょっと‼」

「いいから‼」

「何がいいの‼ 何がいいの⁉」

「静かにしなさい」

「うー……」

「あんたは本気になるのに時間がかかるのよ。あたしがあんたを本気にさせてあげる。あんたの浅い考えなんてお見通しなんだから」

「うー……待って」

「ダメ。待たない」

 何度も体が跳ねてしまった。背中へと回され這う手の動き。撫でられている。撫で這わせ擦り合い合わせ。何度も、何度も、何度も、何度も何度も――。こんなになったらもう……。ボクは彼女を抱き締め続けた。強く強くボクの心臓の鼓動を聞いてと彼女を強く抱き締めていた。お互いの鼓動をシンクロさせるように。合わせるように。合わせられるように。

 もう耐えられない。耐えられない。耐えられない。

 何も言葉を考えられない。ただ彼女がこの世界でもっとも掛け替えなく、大切な存在である事を強く認識していた。もう元に戻れない。戻せない。戻させない。君がボクをこうしたんだ。


 気が付いたら薄明り――ヘスベルの髪のニオイがした。その頭部へと唇を寄せてしまう。何度も何度も。ただ満たされている。もう無理だと感じた。もう我慢ができない。もう遅い。内側から溢れるみたいに。満たされた何かが溢れて止まらない。胸の内を満たす何かが溢れて止まらない。それが向けられる先は一方的で相手が決まっている。

「ん……起きた? んんん……」

 瞼を擦るヘスベル。

 頬へと唇を寄せる。

「ヘスベル……」

「んー? なによ……」

「好き……」

「んーふふっ。何よ急に。知ってるわ」

「違う。好き、好き、好き、すごく、好き」

「何? 好きって返してほしいの? んっ……んー」

 その唇に何度も唇を重ねる。

「違う。一方的に好き。答えなんていらない。ボクが一方的に好き。すごく。もう遅いからね。もう離さないから。もうダメだから。ヘスベルがボクをこうしたんだ」

「はいはい。チュッ……いいわよ。本気になって。遅いぐらいよ」

「本気で好き……もうダメだからね」

「いつつっ。これは……ちょっと、違和感が、まだ……」

「……ごめん。乱暴だったかも」

「ううん。なぜかしら……なぜだかこの痛みが、すごく……とっても愛おしいのよ」

「ヘスベル」

「んー?」

「ありがとう……」

「……もっと好きになっていいわよ。それに……もっと愛してもいいわよ」

 ボクのためにずっと献身的なヘスベルを……幸せにしてあげたい。しなきゃダメだと浸透していた。


 それから何年かして、ボクは椅子マイスターとしてうまく生活している。

 椅子を作り売ったり、椅子格闘術で魔物を倒したりしている。作った椅子の評判が良くて、今度領主様が執務室で使う椅子を作る事にもなった。まだまだ大変だけれど……。

 座ると徐々に体力が回復する椅子や精神を安定させる椅子は評判がいい。

 折りたためる硬いだけの椅子がなぜか良く売れている。

 ヘスベルが聖なる重い椅子をお気に入りの武器として使ってくれているからなのかもしれない。

 重いし硬いし聖属性だし鈍器だし座れるし折りたためるし、刃物のように威圧感もないので街中でも普通に歩ける。疲れたら座れる。疲労回復効果がある。

 椅子格闘術もなぜだか流行っている。


 ヘスベルが視界の中へと入り込んで、それだけで全てがどうでもよくなってしまった。たった一つの感情に支配されてゆく。

 大きなお腹……ヘスベルを視界に捉えた途端、視界に捉えるよりも前から、彼女の事を考えるだけで心が満たされて溢れてくる。この内側から溢れるものを何と呼べばいいのか名前を決めてない。表情が蕩けてしまうので外では気を付けないといけない。

「どうかした? お腹減った? 何か食べる?」

「減ってないよ……。ボクは腹ペコかなんかの? 座ってなくて大丈夫?」

 傍へと寄ると、とにかく触れていたくてしょうがない。その手だけでもいい。とにかく触れていたい。

「大丈夫よ。さっきまで座っていたから。貴方に作ってもらった揺り籠椅子がとってもいいの……」


 手を取り唇を寄せる。頬擦りをする。指に指を絡めて胸へと抱きしめてしまう。

「あなたったら……」

「良かった……体を大事にしてね」

「えぇ……」

 ひたすらに溢れてヘスベルのコメカミへと何度も唇を押し付けて繰り返し、お腹へと手を這わせてなぞり撫であげる。

 ヘスベルの唇が喉や頬に寄せられてそれだけで時間を忘れてしまう。

「あのねヘスベル」

「なぁに?」

「好きだよ。大好き。好き。すごく好き。……好き」

「なぁに? もう……ふふっ。知ってるわよ……。でも、もっと好きになってもいいわよ……」

「あのね」

「えぇ」

「愛してる。ヘスベル。愛してる」

「もうっ……なぁに? ふふふっ。なによもう……あなたったら……。知ってるわ。でももっと……もっともっと深く深く愛してもいいわよ……」

 困る。二人で椅子へと座り囁き合うだけで休みが終わってしまう。

 視線を合わせ唇を這わせ、お腹を撫で囁き合うだけで一日が終わってしまう。もういっそう病気だ。

「もうダメだからね。絶対離さないからね……もうダメだから」

「いいわよ……。あたしも、ずっと貴方の傍を離れないから。だから……もっと本気になってもいいわよ……もっともっと本気になってもいいわよ」


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