⑤
――それからしばらく、調理場は不思議な静けさに包まれた。
聞こえるのは、匙が皿に触れる音と、時折漏れる感嘆の声だけ。李鳳をはじめ、料理人たちまでもが言葉を忘れ、ただ黙々とオムライスを口へ運んでいた。
やがて李鳳は最後のひと口を飲み込むと、名残惜しそうにスプーンを皿の縁へ置く。
「……美味かった」
その一言が合図だったかのように、周囲の料理人たちも我に返った。
空になった皿がいくつも並び、香りだけが名残のように漂っている。
「賄いでこの出来とは……。お嬢が本気を出せば、アールヴヘイム人の舌を唸らせるなんて簡単なんじゃないか?」
「ああ。不安ばかりで夜もろくに眠れなかったが、今日からぐっすり眠れそうだ」
料理人たちに安堵の色が広がり、七星も胸をなでおろす。
どうやら七星の料理は認めてもらえたようだ。
「ありがとうございます、七星様。これで三課もまとまりそうです」
清澄が柔らかい眼差しを向け、七星に笑いかけた。
七星も微笑み返す。
「お役に立ててよかったです。でも、まだまだ問題は山積みですけどね」
「確かに。献立決めに、食器の確保。何より……まずは、調理器具の数を揃えねば」
難しい顔をして腕を組む清澄に、七星は「あの……」と、血抜き中の肉が入った鍋を指さした。
「ブイヨンはあと何度か水を替えないと作れないので、この後の作業は乙部さんに指揮を任せ、私たちは泡立て器の調達に、街へ行きませんか?」
そう七星が提案すると、清澄は慌てたように「しっ」と唇に人差し指を当てた。
「李鳳様に聞かれたら、一緒に行くと駄々をこねられてしまいますよ」
小声で告げられ、七星もハッとして両手で口を覆う。
その仕草を見て、清澄は目を細めた。
「七星様は小さな兎のようですね」
「兎……ですか?」
「ええ。もし七星様が私の妹だったら、自慢したくてあちこち連れ回してしまいそうです」
急に妹などと言うので、七星も清澄が兄だったらと妄想してしまう。
「清澄様がお兄様だったら、毎日ふたりでお料理できますね」
「あはは、それは凄く良い。楽しそうだ」
七星の頭を撫でた清澄は、今度は李鳳に目を向けた。
「さて、李鳳様にはお戻りいただき、我々は道具の調達へと参りましょうか」




