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やがて、玉ねぎの甘い香りに鶏の脂の香ばしさが重なり、潰したトマトがとろりと艶を帯びはじめた。火が入るたびに酸味は丸くなっていき、そこへ少しの香辛料とバターが落ちた瞬間、調理場の空気がふわりと変わる。
鍋の縁から立ちのぼる湯気は、彼らにとって未知の香りだった。それなのに食欲だけは正直で、あちこちで腹の虫が鳴りだす。
炒められた米は赤く染まり、艶のある粒がフライパンの中でパラリと踊った。
「よしっ、ケチャップライス完成! でも……」
七星は卵の入った籠へ視線を移す。
宮廷では比較的手に入りやすいとはいえ、貴重な食材には変わりない。ここで在庫を使い切っていいものだろうか。晩餐会へ向けた試作も控えているのに。
七星は卵をひとつ手に取り、掌の上でじっと見つめた。
「そもそも、人数分のオムライスを作るには卵が足りないのよね。でもケャップライスと卵の相性は、みんなにも確かめてもらいたいし……」
七星は眉間に皺を寄せて考え込んだ後、料理人たちに向けて指示を切り替える。
「うん。こうしましょう。卵は薄焼きにして、小さく切り分けます。これなら、一口分でもオムライスの味を確かめられるはず」
料理人の一人が不思議そうに首を傾げる。
「本来の形でなくても、問題ないのでしょうか……?」
「ええ。今日は完成形よりも、新しい組み合わせを覚えてほしいんです。トマトの甘酸っぱさをまとった米に、卵のやさしい甘みが合わさる。その相性を、舌で覚えてください」
ほどなくして、皿がいくつも並べられた。赤く艶めくケチャップライスの上に、ひと口大に切り分けた薄焼き卵がちょこんと乗っている。
黄色と赤の対比が鮮やかで、思わず見惚れるほどだ。
「色だけで、もう美味そうだな」
「米がこんなに艶を……」
料理人たちが小声で感心し合う、その時だった。
正午を知らせる鐘の音と共に、神崎が調理場の扉から顔を覗かせる。
「七星様。李鳳殿下がお見えです」
「あはっ、時間ピッタリね」
七星が小さく笑っていると、李鳳が鼻先をクンクン動かしながら調理場に入ってきた。
「廊下にまで、いい匂いが漂っていたぞ! これを食べていいのか?」
「それは試作を兼ねた賄いよ。でも李鳳の分は、ちゃんとオムライスにしてあげる」
七星はそう言って、すでに熱してあったフライパンにバターを落とし、溶いた卵を流し入れる。手首を使ってフライパンを回すと、鮮やかな黄色が鍋肌に沿ってすっと広がり、縁から静かに固まりはじめた。
表面はまだ艶を残しているが、じわじわと火が通っていくのが目でもわかる。
(生は食べ慣れていないだろうから、半熟より少し固めに仕上げた方がいいよね)
七星はフライパンを軽く傾け、卵をそっと手前へ滑らせた。
バターの膜をまとった厚みのある卵焼きが、するりと動いて赤いケチャップライスの上へ乗る。ふんわりと米の山を包むように馴染み、艶のある表面がぷるんと震えた。
「おぉ……」
思わず李鳳が漏らした感嘆の声に、七星はクスっと笑う。
「お待たせ、李鳳。さあ、召し上がれ!」




