表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

74/74

 やがて、玉ねぎの甘い香りに鶏の脂の香ばしさが重なり、潰したトマトがとろりと艶を帯びはじめた。火が入るたびに酸味は丸くなっていき、そこへ少しの香辛料とバターが落ちた瞬間、調理場の空気がふわりと変わる。


 鍋の縁から立ちのぼる湯気は、彼らにとって未知の香りだった。それなのに食欲だけは正直で、あちこちで腹の虫が鳴りだす。

 炒められた米は赤く染まり、艶のある粒がフライパンの中でパラリと踊った。


「よしっ、ケチャップライス完成! でも……」


 七星は卵の入った籠へ視線を移す。

 宮廷では比較的手に入りやすいとはいえ、貴重な食材には変わりない。ここで在庫を使い切っていいものだろうか。晩餐会へ向けた試作も控えているのに。


 七星は卵をひとつ手に取り、掌の上でじっと見つめた。


「そもそも、人数分のオムライスを作るには卵が足りないのよね。でもケャップライスと卵の相性は、みんなにも確かめてもらいたいし……」


 七星は眉間に皺を寄せて考え込んだ後、料理人たちに向けて指示を切り替える。


「うん。こうしましょう。卵は薄焼きにして、小さく切り分けます。これなら、一口分でもオムライスの味を確かめられるはず」


 料理人の一人が不思議そうに首を傾げる。


「本来の形でなくても、問題ないのでしょうか……?」

「ええ。今日は完成形よりも、新しい組み合わせを覚えてほしいんです。トマトの甘酸っぱさをまとった米に、卵のやさしい甘みが合わさる。その相性を、舌で覚えてください」


 ほどなくして、皿がいくつも並べられた。赤く艶めくケチャップライスの上に、ひと口大に切り分けた薄焼き卵がちょこんと乗っている。

 黄色と赤の対比が鮮やかで、思わず見惚れるほどだ。


「色だけで、もう美味そうだな」

「米がこんなに艶を……」


 料理人たちが小声で感心し合う、その時だった。

 正午を知らせる鐘の音と共に、神崎が調理場の扉から顔を覗かせる。


「七星様。李鳳殿下がお見えです」

「あはっ、時間ピッタリね」


 七星が小さく笑っていると、李鳳が鼻先をクンクン動かしながら調理場に入ってきた。


「廊下にまで、いい匂いが漂っていたぞ! これを食べていいのか?」

「それは試作を兼ねた賄いよ。でも李鳳の分は、ちゃんとオムライスにしてあげる」


 七星はそう言って、すでに熱してあったフライパンにバターを落とし、溶いた卵を流し入れる。手首を使ってフライパンを回すと、鮮やかな黄色が鍋肌に沿ってすっと広がり、縁から静かに固まりはじめた。

 表面はまだ艶を残しているが、じわじわと火が通っていくのが目でもわかる。


(生は食べ慣れていないだろうから、半熟より少し固めに仕上げた方がいいよね)


 七星はフライパンを軽く傾け、卵をそっと手前へ滑らせた。

 バターの膜をまとった厚みのある卵焼きが、するりと動いて赤いケチャップライスの上へ乗る。ふんわりと米の山を包むように馴染み、艶のある表面がぷるんと震えた。


「おぉ……」


 思わず李鳳が漏らした感嘆の声に、七星はクスっと笑う。


「お待たせ、李鳳。さあ、召し上がれ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ