③
鍋の水を何度も入れ替え、赤く濁っていたものがようやく澄んでくる頃には、料理人たちの額にはうっすら汗が浮かんでいた。
桶を置いた若い料理人は、腕をぐるぐると回して疲労をごまかしている。
「とりあえず、一段落ですね。また数時間後に水を換えましょう」
七星が大鍋を覗き込みながら呟くと、乙部が苦笑を漏らした。
「いやはや……煮てもいないのに、ここまで骨が折れるとは」
「でも、血抜きをきちんとやっておくと、仕上がりの香りと透明度が格段に良くなりますから」
七星の言葉に、周囲の料理人たちは神妙に頷いた。
一息ついた後、七星は「さてと」と言って勝手口から調理場へ戻る。
「きっと李鳳がお腹を空かせてここに来るわ。それまでに、練習もかねてみんなで美味しい賄いを作りましょう!」
七星は張り切って玉ねぎを手に取ったが、乙部たちは目を見開いた。
「り、李鳳様に賄いを召し上がっていただくのですか……⁉」
「もちろん、賄いだからって手は抜かないわよ。みんなに大和料理以外の味を知ってほしいの。……そういえば、そろそろご飯が炊ける頃ね」
かまどの前で火の番をしていた飯炊き係が、「はい」とうなずいた。
「お嬢の言いつけ通り、少しかために炊いてあります」
「では、その白飯をいったん冷ましてください」
「えっ⁉ 炊き立てを殿下に召し上がっていただくのでは……?」
飯炊き係は戸惑いながら、湯気を上げている白米と七星の顔を見比べる。
七星も困ったように、人差し指を顎に添え、首を傾けた。
「説明するのが、ちょっと難しいんだけど……これから作るのは、白米を鶏肉とトマトソースで炒め、薄い卵焼きで包む料理です」
七星はオムライスを思い浮かべながら説明を試みたが、料理人たちは余計に混乱したようだった。
「白米を炒める……? トマトで??」
「薄い卵焼きで包むとは、どういうことですか?」
七星は腕組みをして、うーん。と唸る。
「作った方が早いですね。まずは玉ねぎをみじん切りにして、鶏肉も細かく切ってください!」
完成図は予想できなくとも、流石は宮廷料理人の集団だ。七星が次々と飛ばす指示を、誰もが手際よくこなしていく。調理場からは、まな板を叩く包丁の音がリズムよく響きはじめた。
「米を卵で包む料理はアールヴヘイムでも聞いたことがないですが……完成が楽しみです」
清澄が興味深そうに、トマトを潰しながら煮詰めている鍋を覗き込む。
「清澄様。もし手が空いているのなら、ニンニクと玉ねぎをすりおろして、唐辛子と水を加えて弱火で煮てくれませんか?」
「もちろん。任せてよ」
清澄はやる気を見せるように、グッと腕まくりをした。




