②
驚きを隠しきれない様子で、清澄はわずかに目を見開いた。
「それは……かまいませんが、おひとりで行かせるわけには参りません。職人の街へ向かう道中は、品よく整った表通りばかりではありませんから」
七星は少しだけ首を傾げると、すぐ傍らに立つ墨怜を見上げながら告げた。
「大丈夫ですよ。墨怜もいますし」
しかし清澄は、心配そうに首を横に振る。
「いえ。たとえ墨怜殿がいても、子どもと女性ふたりだけで街外れを歩かせるのは、不安が過ぎます。私も同行いたしましょう」
職人に会いに行きたいという、自分のワガママに清澄まで巻き込んでいいのだろうかと、七星は考え込んでしまう。そんな七星の迷いを察したように、墨怜が静かに口を開いた。
「清澄様もご一緒ならば安心ですし、きっと話も早く進みます。お願いするのがよろしいかと」
それもそうか、と七星は素直に納得する。中身がいくら大人でも、見た目は完全に幼女だ。こんな子どもが職人に道具の相談をしたところで、相手にされないのは目に見えている。
「では……すみません。お願いいたします」
申し訳なさそうな七星を見て、清澄はふっと優しく笑った。
「どうか遠慮なさらずに。私も調理道具に興味がありますから」
そう言った後、「さあ」と清澄は調理台を指示した。
「乙部たちが中心となり、コンソメを作る下準備を整えさせました。ここからは、七星様の正しい知識をどうぞご教授ください」
調理台の上には、牛スジや鶏ガラ、子牛の骨、セロリに玉ねぎ、人参などの食材が、すぐに調理できる状態で用意されていた。
七星は白衣に袖を通し、すっと息を吸い込む。
(どんな時代でも、どんな姿でも、調理場に立つと心が正される気がする)
異世界転移する前も、コックコートを身に纏う瞬間は、いつだって背筋が伸びた。
そんなことを思い出しながら、七星は三課の料理人たちに告げる。
「まずは、皆さんにコンソメの素となるブイヨンを作っていただきます。ブイヨンとは「出汁」のこと。全ての料理の土台となります。作り方を確実に習得してください」
調理台の前に立った料理人たちの顔が、キリリと引き締まるのがわかった。アールヴヘイム料理に不慣れなだけで、彼らはけっして料理の素人ではない。「出汁」がどれだけの重みを持つのか、充分に理解しているのだろう。
「では、鍋に牛骨、鶏がら、牛すねを入れていきます。井戸のそばが作業しやすいので、皆さん、外へ移動をお願いします」
てっきりすぐに火を使って煮込み始めると思っていた料理人たちは、不思議そうにしながらも材料を持って井戸の周りに集まった。
先ずは井戸から水を汲み上げ、大鍋にたっぷり満たしてく。その後は七星の指示に従い、乙部が肉を丁寧に鍋に移していった。他の料理人たちはメモを取りながら、静かに乙部の作業を見守る。
鍋の中の水は、肉から染み出た血でみるみる赤く濁っていった。
「しっかり血抜きをしないと、生臭さの原因になってしまいます。何度か水を入れ替える作業を繰り返しますよ」
七星の声に、周囲の料理人たちが息を呑んだ。
煮る前に、これほど手間があるとは。そんな驚きが、彼らの表情に浮かんでいた。




