第十八話
翌日、七星は墨怜とともに、皇帝宮殿を訪れた。
李鳳は家庭教師による授業があると言うことで、自室に缶詰中らしい。
「七星様との打ち合わせを優先したいと、最後まで渋っておられました」
出迎えた神崎が、こっそり教えてくれた。
「勉強は大切です。どうか、しっかり学ぶようお伝えください」
「承りました。それと李鳳様より伝言を預かっております。正午の鐘が鳴ったら、真っ先に厨房へお越しになるとのことです」
それを聞いた七星は、思わずクスッと笑ってしまう。正午の鐘ということは、きっと試作の料理を昼食にと期待しているのだろう。
神崎に案内され調理場に到着すると、既に清澄や乙部たちが作業中だった。七星に気づいた清澄が紳士らしい所作で胸に手を当て、七星を出迎える。
「本日もご足労いただきありがとうございます。早速ですが、こちらが作成した在庫表になります」
七星は乙部たちに指示して作らせたリストへ視線を落とし、考え込んだ。
「牛肉は比較的手に入りやすくて助かったわ。オマール海老は難しいけれど、車海老で充分代用できる。兎肉も鴨も、調達は問題なさそう……」
ひとり呟いた後リストから顔を上げ、今度は清澄に向き直る。
「皇帝宮殿には、食材用の飼育小屋と生け簀がありましたよね。そこで必要量の確保をお願いします」
「お任せください」
にこやかに清澄がうなずいた。
心強く思いながらも、七星は不安そうに眉を寄せる。
「最大の難関は、バターと生クリームですね。すぐに痛んでしまうから……」
「ええ。加工したバターでも氷室でせいぜい一週間保てるかどうか。生クリームに関しては更に痛みが早いので、当日に準備せねばなりません」
七星は溜息をつき、調理場をぐるりと見渡した。
(この世界には冷蔵庫なんてない。氷室に頼るしかないんだ……。保存がきかない食材は前もって仕込みが出来ないから、当日は時間との勝負ね。覚悟して段取りを組まないと)
そして次に、調理器具に目を止める。
「直前にホイップするのに、泡立て器が一つしかないのは致命的ですね」
七星の言葉に、清澄が申し訳なさそうに目を伏せた。
「面目ございません。国外料理の調理器具の多くが舶来頼みでして……鍋やテリーヌ、菓子の型などは、なんとか国内の職人に特注して数を揃えました」
ですが、と表情を曇らせ、清澄が言葉を続ける。
「泡立て器はあの形状からも手入れが難しく、すぐに錆びてしまって次々と使い物にならなくなりました。いま残っているのは、この一本だけです。もう少し数を揃えたいとは思うのですが、加工の難しさもあって、なかなか引き受けてくれる職人がおらず……」
棚にあった泡立て器を手に取った七星は、しげしげと眺めた。
(そっか……錆びにくいステンレスはまだ存在しないのね)
「わかりました。清澄様、腕のいい鉄工の職人を紹介していただけませんか? 現物を持って直接交渉したいんです」
「七星様がご自身で⁉」




