②
「ごめん、ごめん。雑誌の取材が長引いちゃって」
厨房の扉を開け、撮影用の真っ白いコックコートに身を包んだ広輝が現れる。閉店後の厨房で一人作業をしていた七星に、鏡の前で何度も練習したのではないかと思わせるような、完璧な笑顔を向けた。
「それで、新作デザートはどんな感じ?」
「お疲れ様。今ちょうど試作が出来上がったところよ」
七星は今しがた完成したばかりのデザート皿を、広輝に見えるように持ち上げた。
スープ状のカスタードクリームの上にふわふわのメレンゲが島のように浮いていて、スライスアーモンドが散らされている。メレンゲのトップに飾られているのは、網目状のキャラメル細工。
とても上品で優しい彩りの一品だ。
「今回はイルフロッタント。フランスの伝統菓子よ。カスタードにこだわって、オリジナリティを出してみたの」
「ふーん。いいんじゃない? それで進めといて」
出来栄えさえ確認できれば後はもうどうでもいいのか、広輝はデザートをチラッと見ただけで、適当に相槌を打った。
「悪いけど、この後予定があるんだ。もう行くね」
視線は手首に巻かれた高級時計に落としたままで、七星の方を一度も見ない。
「試食しなくていいの? 広輝の意見も取り入れた方が良いと思うけど……」
「大丈夫、大丈夫。パティシエールのキミを信じてるから。あっ、そうだ。コンテスト用のメニューも考えておいてよ。わかってると思うけど、全部俺が考案したことにしてね」
言いたいことだけ一方的に告げると、広輝は「じゃ」と踵を返して厨房から出ていこうとした。七星は慌てて「待って」と呼び止める。
「あ、あの。うちの両親には、いつ会ってくれるの……?」