③
「確かに俺はお前の知恵を借りたいと考えていたが、厨房を取り仕切るとなると話は別だ。俺の目の届く範囲ならまだしも、こんな危険な場所に通うなど許容できぬ」
月也は威嚇するように、目を細めて乙部を鋭く睨む。美男子の刺すような流し目は絵になったが、睨まれた本人は恐ろしそうに首をすくめた。
今にも七星を抱き上げて連れ帰ってしまいそうな月也に、李鳳が苛立ちを隠すことなく反論する。
「お前、本気で言ってんのかよ。七星は料理の天才だぞ? あいつに晩餐会の指揮を任せなくてどうすんだ。清澄と組めば最強だろ。変な感情で邪魔すんなっての」
「料理の……天才?」
「お前は七星の実力を知っていて、手伝わせるために皇帝宮殿に連れて来たんじゃないのか?」
そう問われた月也は、七星に目を向ける。真実を見極めようとする視線に、思わず七星の背筋が伸びた。
「七星が料理をするなど、信じられません」
「疑うなら、食ってみればいい。その方が話が早い」
李鳳はしびれを切らし、トマトの載った皿を指さした。焼き色のついたトマトからは、食欲を刺激する香りが立ち上っている。
「まさか。これを、七星が?」
確認するように声をかけられ、七星は慌ててうなずいた。
「は、はい。切り分けますので、よろしければお味見を……」
七星はまだ誰も手の付けていないトマトファルシを一口大に切り、フォークを添えて月也に差し出した。
七星と料理を交互に見比べた後、月也は慎重にフォークを持ち上げ、香ばしく焼かれたトマトファルシを口へ運ぶ。
神妙な面持ちで咀嚼し始めたその瞬間、月也の動きが止まった。
「……これは」
小さな声が、ぽつりと漏れる。
再び一口、確かめるように頬張り、ゆっくりと視線を七星に戻した。月也の瞳には警戒でも疑念でもなく、明らかに称賛の光が宿っている。
「これが異国の料理か。和食とはまた違った華やかさと力強さを感じるな。まるで……」
言いかけて、月也は首を振る。
「いや。下手な言葉で語るのは無粋か」
滅多に感情を表に出さない彼が、明らかに驚いているのが伝わってくる。
「美味いだろ?」と、なぜか李鳳が得意気に胸を反らしたが、月也は素直にうなずいた。
「ああ、美味い」
月也が自分の料理を褒めてくれた。
その事実に、七星の胸が喜びで震える。
七星が目を潤ませ感激していると、場の空気を読んだように、清澄が控えめに口を開いた。
「皆さま。ここでは落ち着きませんし、話の続きは改めて別室で……」




