②
七星の言葉に、調理場は静まり返る。
しかしそれは、先ほどまでの凍てつくような緊張感からくる沈黙とは違っていた。殺伐とした空気がゆるりとほどけ、敬意をもって見守るような気配がある。
乙部たちは床に膝を付き、命乞いをする姿勢のままで震えていた。七星は静かに乙部の前に立つ。
「慣れない土地で言葉も文化も違う中、毎日コツコツ雑用をこなしてきたんですよね。きっと、理不尽な差別にも遭ったでしょう。……逃げ出さずに、よく頑張りましたね」
七星は自分の過去と重ね、思わず声が震えそうになった。そんな労わりの言葉をかけられるとは思ってもみなかったのだろう。乙部が大きく目を見開き、床に伏せていた頭をおそるおそる上げる。
「本当に……本当にお許しいただけるのですか」
「ええ。その代わり、しっかり働いてもらいますからね」
見た目は幼女でも、中身は乙部達よりずっと年上だ。七星の言葉には、包み込むような優しさがあった。
尖った心を撫でるような、母性すら感じさせる七星の声色に、乙部はグッと涙をかみ殺す。
「七星様! この乙部、命を救っていただいた御恩、一生かけてお返しします!」
そのまま勢いよく立ち上がると、同じようにひれ伏していた他の留学生たちも一斉に顔を上げ、次々に声を重ねる。
「何でもやります! 皿でも鍋でも喜んで磨きます!」
「七星様のためなら、どんなことだって……!」
あまりの熱量にたじろいだ七星は、一歩後ろに下がって両手を振った。
「七星様だなんて、ちょっと大袈裟よ……」
言った後に、しまったと思い口元に手を当てる。つい、レストランで新人に声をかけていた頃の感覚に戻ってしまった。過剰な謙遜は侮られて危険だと、墨怜に忠告されたばかりだというのに。
しかし乙部達は、七星の貴族らしくない言動を気にする様子もなく、「それなら」と目を輝かせる。
「お嬢って呼ばせていただきます! 俺たち、どこまでもお嬢について行きますから!」
宣言するような乙部の大声を聞き、成り行きを見守っていた他の料理人たちまでもが「いいな、その呼び方」と口々に言い始める。
「お嬢、先ずは何から始めましょう。何なりとご命令を!」
料理人たちに圧倒されつつ、七星は少し考えるような仕草をした後、大鍋に目を向けた。
「では、ブイヨンの作り方を教えましょう。和食で言うところの出汁みたいなものです。アールヴヘイム料理の要と言っても過言ではありません」
いよいよ晩餐会に向けて、本格的に動き出せる。そんな高揚感が溢れ、わぁっと調理場が沸き上がった。しかし、そこに「待て」と冷静な月也の声が飛んだ。




