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第十六話 ただの子ども

「めっ滅相もございません!!」


 ガタガタ震える乙部は、調理場の床に頭を擦り付ける。月也は声を荒げているわけではなかったが、凍てつくような冷たさをまとっていた。その静けさが余計に恐ろしく、言葉以上の圧力で乙部を押し潰す。


「どうか、どうかお許しを……!」

「西條家の者を侮辱しておいて、このまま見逃してもらえるとでも?」


 月也の淡々とした口調の奥に、明らかに怒りの色が滲んでいた。

 自分のために腹を立ててくれている。

 そう思っても、七星は月也の言い回しにほんの少し傷ついてしまう。


(やっぱり、許嫁とは言ってくれないよね……。ううん、「西條家の者」と認めてもらえただけでも、感謝しなくちゃ)


 七星は心の中で何度も自分に言い聞かせる。それから、おずおずと一歩進み出た。


「お待ちください、お兄様」


 このまま放っておいたら、本当に打ち首とでも言い出しかねない。

 遠慮がちに声をかけた七星を、月也は苛立ったまま無言で見下ろした。

 自分に向けられた怒りではないと分かっていても、視線の冷たさに萎縮してしまう。


「あの……。私、この人たちと賭けをしたんです」

「ほう?」


 月也は眉をひそめ、不快そうに乙部たちに視線を移す。


「私が賭けに負けたら、この人に嫁ぐ条件でした。でも私が勝った場合は……」


 七星は月也の威圧に耐えながらも、しっかりと顔を上げた。


「私の言うことを、何でも聞くという約束をしました。そして私は、賭けに勝ったのです。ですから、この者たちの処遇は、私に任せてもらえませんか」


 胸の前でグッと拳を握り、七星は月也に訴える。月也は「解せぬ」という表情で、七星に問い返した。


「お前がこの者たちを? 何を考えている」

「宮中晩餐会の準備に向けて、私の部下として働かせたいのです」

「……は?」


 よほど意外だったのか、月也が疑問符を浮かべて固まった。

 驚いたのは李鳳も同じだったようで、七星の腕を思い切り掴んで引っ張る。


「あいつらを部下に⁉ 冗談だろ?」

「どうして? 私は本気だよ」


 七星は月也や李鳳、そして同じように不可解そうな顔をしている清澄の目を順番に見た。


「首を撥ねるのはいつでもできます。でも、この者たちはアールヴヘイムで学んだ経験を持っています。その知見を活かさずに処罰するのは、あまりに惜しいと思うのです」


 七星の意図を理解した清澄が、それでもなお頭が痛そうに額に手を当てる。


「言い分はわかりますが、しかし……」

「カトラリーの使い方ひとつとっても、所作が洗練されていました。晩餐会に出席される貴族にマナーを伝える講師役として、適性があると思います」


 七星はさらに言葉に力を込める。


「人の上に立つ者の責務は、むやみに命を奪うことではなく……その命に役目を与え、国のために活かすことではないでしょうか」

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