③
「な、なんだよ月也。お前には関係ないだろ!」
目の前に現れた月也の腕は、七星と李鳳の間に引かれた境界線のようだった。その僅かな隔たりさえも気に入らないというように、李鳳は月也を睨みつける。しかし李鳳より頭一つ分以上背の高い月也は、皇子を微塵も恐れていなかった。
いつも通りの冷たい眼差しと熱を持たない声で、李鳳に反論する。
「西條家は七星の後見です。私どもの庇護下にいるのに、『関係ない』ことなどありましょうか」
その言葉を聞いた李鳳の顔色が、サッと変わった。
「まさか。……そう言えば、西條家に身を寄せている元貴族令嬢の話は聞いたことがある。お前……鷹司家の呪厄姫だったのか」
嫌悪と言うより、憐れんでいるような声のトーンだった。
呪厄姫。
なんとも不吉な響きの名だが、確かにそんなことも書いてあったなと、七星は頭の中で公式ファンブックの文面を思い出す。
『両親を馬車の事故で亡くした際、澄み切った青空が突如かき曇り、雷鳴とともに車輪が砕け、馬が暴走したという。生き残ったのは鷹司七星ただ一人。それ以来、彼女の周囲では時折、奇妙な事故や不運が起こったという。彼女が可愛がる黒猫の存在とも相まって、貴族たちは陰で彼女を「呪厄姫」と呼び、忌み嫌っていた』
西條家の使用人たちが、七星にあまり良い感情を持っていなかった理由の一つだ。
ただ、彼女が陰鬱な空気を帯びている描写はあったものの、実際にゲームをプレイしていて不可解な事件が起きた場面などなかったはずだ。
事故当時の噂話に尾ひれがついて広まった結果だろうか。
(でも、昨日は実際に呪いの式神を見つけたし、呪詛返しで女中が大火傷を負ってしまった。もしかしたら、ただの噂話ではないのかも)
考え込んで黙ってしまった七星を見て、李鳳が慌てて取り繕う。「呪厄姫」などと言われ、七星が傷付いたと思ったようだった。
「ち、違うぞ! お前はそんな不吉な存在じゃないって俺にはわかる。それに例え本当に呪厄姫だったとしても、友達を辞めるなんて言わないから安心しろ」
再び七星に向って手を伸ばす李鳳に、月也はいい加減にしろと言わんばかりに半身を二人の間に差し入れる。七星は月也の背中に隠れるような格好になってしまった。
月也はゆっくり首を回し、西條家と聞いてさらに震え上がっている乙部たちに目を向ける。
「ところで、そこで伏している者たちは、七星にどんな無礼を働いたのです」
「あぁ。あいつ、七星を嫁に貰うとか言いやがったんだ」
李鳳が端的に説明すると、月也の片眉がピクリと上がった。乙部に向って、一層低くなった声を投げかける。
「ほう。西條家の者を伴侶に迎えたいと? たとえそなたの家柄が如何なるものであろうと、その資格を有するなど夢想に過ぎぬ。いや、むしろこの申し出自体が罪深いと言うべきか。さて……それでもなお、その覚悟を貫くつもりか?」




