第二話 光と影
いつも通りの日常が、これからもずっと続くと思っていた。
理不尽でストレスフルでひたすら搾取される、
うんざりするような毎日が、これからもずっと――――
「Ça marche!」
いかにも女性にモテそうな甘いマスクの青年が、オーダーの書かれた白い伝票を良く通る声で読み上げる。
「Oui,Chef」
ステンレス製の銀色に囲まれた、衛生的な厨房。そこで七星は、パティシエールとして働いていた。
都会のど真ん中にある洒落た一つ星のフレンチレストランで、予約も中々取れないほどの超人気店だ。
オーナーシェフは料理コンクールで何度も優勝経験のある実力者だったが、昨年病に倒れてしまい、まだ若い副料理長の広輝が今は店の顔として代理を務めていた。
「鴨肉のオレンジソースはもう出せる? その次はウサギのシードル煮だよ、急いで!」
颯爽と指示を飛ばす、将来有望な若き料理長代理。
最近はテレビや雑誌などでもよく取り上げられ、新進気鋭のイケメン料理人として世間から持て囃されている。
が、しかし実際は違った。
見た目の良さを生かした自己プロデュースの才能は確かにあったが、料理人としての腕は平凡なもので、副料理長の肩書ですら彼には身に余るものだった。
そんな彼が、なぜ能力以上の評価を得ているのか。
それは七星の才能を利用し、自分の手柄としていたからに他ならない。
七星は一度食べた料理の味を、完全に再現することができた。
どんな隠し味でも七星の舌と嗅覚はそれを暴き、珍しい食材でも言い当てる。更に味から想像し、火加減や分量までも全て完璧にトレースしてしまうのだ。
最初にそのことに気づいたのは、運の悪いことに広輝だった。
もし気づいてくれたのが他の誰かだったなら、今頃料理長代理の座に着いていたのは、間違いなく七星だっただろう。
彼は有名店の料理をいくつも七星に覚えさせ、複数の味を融合させた新たなレシピを作らせた。そのレシピを自分のものとして、コンクールで優勝を手にしたことさえある。
スポットライトや称賛を浴びるのは、いつも彼。
でも七星は、それを不満に思ったことは一度もない。
むしろ愛する人の役に立てて、喜びすら覚えていたほどだ。
――あの日までは。