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トマトを美味しそうに頬張っていた少年が、「ぐっ」と喉に詰まらせそうになる。
「な、なんだよ急に。俺が誰だって、別に構わないだろ」
「うん、まぁ、そうなんだけどね……でも」
今更ながらに、少年の着ている服に目を向ける。砂埃で汚れていたのでてっきり使用人だと思い込んでいたが、よく見ればツギハギもなく、サイズも少年のために仕立てたようでぴったりだ。
「そう言えば、清澄さんとも面識があるみたいだったよね。もしかして」
貴族なの? と七星が言いかけたとき、遠慮の欠片もないような勢いで、厨房のドアが乱暴に開いた。
「七星はいるか⁉」
血相を変えた月也が、ぐるりと厨房を見回した。あっけにとられた料理人たちの中に七星の姿を見つけ、一直線に向かってくる。
「七星! お前までいなくなったから、心配したんだぞ」
「ごっ、ごめんなさ……ッ⁉」
言い終わる前に、月也に抱きしめられて声が出せなくなる。いつも冷静な月也が人前でこんなに取り乱すなど、滅多にないのではないか。少なくとも、ゲームのシーンでは見たことがない。
抱きしめられたままの格好で七星が驚いて固まっていると、今度は執事の神崎が厨房に飛び込んできた。
「李鳳様!」
「げ」
少年は「最悪だ」と呟き、顔を歪ませる。
「ここにいらしたのですね、ああ良かった。また街に出てしまったのかと肝を冷やしました」
じいやのような風貌の神崎が、少年の前に頭を垂れてひざまずいた。七星はその様子を見て、悲鳴に近い素っ頓狂な声を上げる。
「りおん? キミが!?」
なんてことだ、と七星は天井を仰いだ。月也に抱きしめられていなかったら、そのままひっくり返っていたかもしれない。
李鳳といえば帝の第二皇子であり、皇太子だ。
その上、厄介なことに彼もまた攻略対象者である。
七星と同い年にもかかわらず、非情に頭脳明晰で学業に秀でていたため、鳳舞学園に飛び級で入学したという設定だった。
しかしその反面、性格は難ありで、顔は可愛いが我儘で生意気な癖のあるキャラだ。
そんな気難しい皇太子に、井戸の水汲みをさせ、料理を手伝わせてしまった。清澄がハラハラしながら見守っていたのも、今ならうなずける。
七星は今まで自分が働いた無礼に慄いていたが、なぜか李鳳の方も怯えたような表情をしていた。
「な、七星……その。別に隠してたわけじゃないんだ。ただ、俺が皇子だとわかったら、お前もよそよそしくなる気がして。せっかく、友達になれたと思ったのに」
李鳳は今にも泣きそうな顔で被っていたキャスケット帽を脱ぎ、胸の前でくしゃっと握りしめる。輝くような金色の髪が露になって、七星は思わず息を飲んだ。
出会い方が特殊だったので、目の前にいるのが未だに皇子だとは信じられない。が、この神々しさは紛れもなく帝の血を引く皇族だ。
不敬罪で今すぐバッドエンドもあり得るかもしれない。
「なぁ。何か言ってくれよ、七星」




