②
大きくうなずいた少年は、かまどの前で拝むように手を合わせた。
「頼む、成功してくれ……!」
七星が「祈りましょう」と言ったのを、素直に実践したらしい。可愛いなぁと思いつつ、あまりにも必死に懇願するので、七星は少年の肩を叩いて励ました。
「春のトマトはね、寒暖差のおかげで味が濃くて美味しいの。だから、大丈夫。上手くいくよ」
七星の言葉を聞いた少年が、不安そうに問い返す。
「お前、よくそんなに落ち着いていられるな。これで失敗したら、アイツの嫁にならなきゃいけないんだぞ? 本当に大丈夫なのか?」
「そうだった、そんな条件だったわね。でも、どうせあの人も本気で言ってないよ」
「いいや。案外本気かも」
真剣な表情でうーんと困ったように唸る少年の姿に、七星は思わず吹き出してしまった。
「誰も私なんか、お嫁にしたいと思わないよ」
「思うよ!」
少年が勢いよく即答したので、七星は少し驚いて目をパチパチさせた。少年は、「あっ」と言って赤面し、ごまかすように口をもごもごさせる。
「あぁ、いや。えっと、一般論としてな? お前を嫁に欲しがる奴もいるだろうって可能性の話であって……別に、俺がそう思ってる訳じゃなくてだな」
七星は首をかしげながら、歯切れの悪い少年の言い分を聞く。きっと、「誰も嫁にしたいと思わない」と自分が言ってしまったので、不憫に思ってフォローしてくれたに違いない。
そう解釈した七星は、少年に笑顔を向けた。
「ありがとう。キミは優しいね」
「え? あ、あぁ。うん……」
少年は複雑そうな顔をして、何か言い足りなそうに頬をポリポリと掻く。
「さて。料理が出来上がる前に、お皿の準備をしましょ? 器はこれがいいかなぁ」
七星は食器が収納されている棚から、あえて薄茶色のプレート皿を選んで手に取った。
予想外だったのか、清澄が思わず声をかける。
「白磁ではなく、陶磁器の皿を使うのですか?」
アールヴヘイム料理イコール白い皿、という固定概念があるのだろう。母親がアールヴヘイム人の清澄ならば尚更だ。
七星は皿を調理台に並べながら、「はい」とにこやかにうなずいた。
「晩餐会で使用するには、白磁の食器は数が足りないと聞きました。それでしたらいっその事、大和国の焼き物を使用し、帝国ならではの独自性と美的感覚を主張するのもよろしいかと」
七星は話しながらダッチオーブンの蓋を開け、トマトを皿の上に一つ取り出す。皿のふちに模様を描くようにオリーブオイルを垂らし、粗く刻んだパセリを散らした。
トマトと香草の華やかな香りが、厨房にふわっと漂う。
「国同士の交渉が始まる前に、心揺さぶる料理で先制攻撃を仕掛けましょう。どうです? 渋みのある焼き物の皿は、トマトの鮮やかな赤をよく引き立てますでしょう?」
そう言って七星は、肉汁が滴る赤く輝く一皿を、清澄の前に差し出した。




