第十四話 トマトファルシ
「で、トマトをどうするんだ?」
調理台の前に立った少年は洗いたてのトマトを手に取り、しげしげと眺めながら七星に尋ねた。清澄から借りた白衣が良く似合っていて、先ほどより何倍も頼もしく見える。
「まずは、私がくり抜きやすいように包丁で切れ目を入れるから、キミは匙で丁寧に中身を取り除いて欲しいの。トマトは器として使うから、穴をあけたりしないでね」
通常サイズの料理包丁は七星が持つには大きすぎたので、ペティナイフを借りて調理を始めた。
トマトのヘタは大きめにカットし、捨てずに取っておく。トマトの内側にぐるっと切れ目を入れ少年に手渡すと、黙々と指示通りに作業を進めてくれた。
その様子を横目で見守りつつ、玉ねぎやニンニク、香草などを慣れた手つきでみじん切りにし、フライパンで挽肉と共に炒めていく。
七星の手際の良さと包丁さばきは明らかに料理経験者のもので、見ている者たちから小さく感嘆の声が上がった。周囲の反応に、少年はまるで自分のことのように得意気に鼻を鳴らす。
しかし何か思いついたのか、調理している七星の耳元に顔を寄せ、小声で問いかけた。
「なぁ。何でコンソメスープを作らないんだよ。お前が正しい手順で作ったスープなら、あいつらとの実力の差を思い知らせてやれるのに。最高の反撃じゃねーか」
少年は言われた通り丁寧にトマトの中身をくり抜きながらも、少々不服そうだった。
「コンソメスープはね、ちゃんと作るならとっても時間がかかるのよ。あの人たち、そんなに待ってくれなさそうでしょ? それに今作っている料理だって、この時代の人たちにとっては凄く斬新だと思うな。きっとみんな、びっくりするよ」
七星は自信ありげに胸を張る。少年は「この時代?」と首をかしげながらも、みんなびっくりすると聞いて納得したようだった。
「そんなに凄い料理なのか。それなら、アイツらの驚く顔が楽しみだな!」
いひひ、と悪戯っ子の顔で少年が笑うので、七星もつられてクスっと笑ってしまった。
一通り下準備を終え、七星は「さて」と言ってトマトを手に取る。
「綺麗にくり抜いてくれてありがとう。それじゃあ、炒めた野菜とひき肉をこの中に詰めていくね」
空洞になったトマトに塩を振りかけ、その中に具材を詰め込んでいく。先ほど捨てずに取っておいたトマトのヘタを、蓋のようにしてちょこんと上に被せた。
少年は感心したように、唸りながら七星の作業をじっと見つめる。
「トマトを器にするって言った時は何のことかと思ったけど、本当に入れ物にするんだな。で、今度は何をしてるんだ?」
七星はあらかじめカマドに載せて温めておいた鉄鍋の中に、木片を敷いてその上に皿を置いた。不思議そうに眺める少年の疑問に、七星は「うーん」と考えながら答える。
「本当は底網があったら良かったんだけどね。鍋に直接入れたら、トマトのお尻が焼きついちゃうでしょ? だけどこうしてお皿の上に並べれば、焦げることはないから綺麗に仕上がると思うんだ」
いつもなら電気オーブンのスイッチを押すだけで済むが、この時代ではそうもいかない。七星は自分の持っている知識をフル回転させ、応用を試みていた。
トマトを皿の上に並べ終え、厚い鉄の蓋で鍋を閉じる。アウトドアで利用するダッチオーブンの要領で、その蓋の上に幾つも火の入った炭を置いた。
七星は額の汗を拭いながら息を吐く。
「さぁ、あとは出来上がりを待つだけよ。上手くできるように、祈りましょ」




