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少年はなぜ自分にそんなことを聞くのかと、不思議そうに首をかしげた。
「え。やったことないって、家の手伝いしないの?」
水道のないこの時代、水汲みは割とスタンダードな子どもの手伝いかと思っていたが、違うのだろうか。七星は少年の予想外の返答に困惑しつつも、気を取り直す。
「ま、まぁいいわ。じゃあ、私がやるから、キミはまず手を洗って」
とは言え、七星だって井戸を使った経験などない。
それでも何となく見当をつけ、井戸の中に桶を放り投げる。バシャンと水に落ちた音を聞き、縄を掴んで引き上げた。
「くッ、けっこう重いわね」
滑車で多少軽減されるものの、身体の小さな七星には中々の重労働だ。
厨房の窓からは、相変わらず清澄がそわそわしながらこちらの様子を伺っていた。
本当は水汲みを代わってやりたいが、手を貸せば乙部たちにどんな言いがかりをつけられるかわからない。そんなジレンマを抱えているのが七星にもわかったので、こちらからも手伝いを願うことはしなかった。
その代わり、七星は別の用件を清澄に伝える。
「清澄さん、すみません。この子に白衣を貸していただけますか?」
「わかりました、すぐに用意します」
そう言い残し、窓辺の清澄は厨房の中へと消えていった。
七星がなんとか桶を引き上げ、ふーっと一息つく。
「おい。やっぱりお前が先に手を洗え。その後に野菜も洗うなら、何度も水汲みが必要だろ? 俺が代わってやる」
「えっ? でも、やったことないんでしょ」
「今見て覚えた。いいからそれを寄こせ」
ぶっきらぼうにそう言って、少年は七星の手から水の張った桶を奪い取る。
「けっこう大変な作業だよ? 大丈夫?」
「馬鹿にすんな。お前より腕力も体力もある」
言い方は素っ気ないが、七星は少年の優しさに感激して目を輝かせた。
「キミ、意外と優しいんだね! ありがとう!」
「礼なんていいから、さっさと済ませろよ」
照れたのか、耳まで赤くした少年は、文句も言わずに黙々と水を汲んでくれた。
無事に野菜を洗いを終え、最後に少年の手をすすぐために、七星が桶から水をかけてやる。少年の手が水に触れた瞬間、悲鳴のような驚きの声を上げた。
「うわっ、冷てぇ!」
「うんうん、わかる。井戸水って冷たいよねぇ」
「お前、よく平気だったな……って、その指! 真っ赤じゃねぇかよ!」
七星のかじかんだ指先に気づいた少年は、目を丸くする。
「大丈夫、大丈夫。料理人は冷たい水に慣れてるからね」
ふふっと笑った七星は、洗い終えた野菜のかごを持って勝手口へと向かった。少年はどこか思いつめた表情で七星を見る。
「そっか……料理人ってすげぇんだな。俺、野菜ってあんまり好きじゃなかったんだ。食事に出されても残したりしてた。でも料理って、準備するだけでこんなに大変なんだな……」
今までの行為を素直に悔いて落ち込む少年が、まるで弟のように可愛くて、七星の胸がきゅんっと高鳴った。
「大事なことが知れて良かったね。今日は野菜を美味しく食べられるように頑張って作るから、楽しみにしてて!」




