表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/72

 スープが濁っていると指摘され、男たちは明らかに動揺し始めた。


「お、お前みたいなガキに何がわかるってんだ。味見なんて百年早いんだよ」


 そう強がっていても、男の目は泳いでいる。アールヴヘイム料理の知識がありそうな七星に、あまり試食させたくないようだ。

 しかし遠巻きに様子を眺めていた他の料理人たちが、次第に七星の周りに集まりだした。


 いつも偉ぶっている男が、小さな女の子に言い返されたのが面白かったのかもしれない。興味津々で、七星と男のやり取りを見守っている。

 周囲の目もあり後に引けなくなった男は、舌打ちしながら仕方なさそうに小皿にスープをすくった。


「ほらよ、有難く飲め。美味くて腰抜かすんじゃねえぞ」


 両手で受け取った小皿に顔を近づけると、少し生臭い匂いがした。スープを口に含んだ瞬間、七星は思い切り顔をしかめる。


「酷い味……」

「なんだと⁉ お前の舌が、アールヴヘイム料理に慣れてないだけだ!」


 それが常套句なのか、男はまるで七星に問題があるように怒鳴りつけた。しかし、そんな言い逃れが七星に通用するはずもない。


「牛のスネ肉、鶏ガラ、玉ねぎ、それからセロリにトマト……。材料に問題はないけど、分量がめちゃくちゃだわ。それに、臭みを取るためのハーブを入れなかったでしょ。煮込み時間も全然足りないし、灰汁すら取っていない」


 作っているところを見ていたのかと思うほど正確に言い当てられ、男たちは絶句した。七星は男たちの前に立ち、言い聞かせるように一人一人の顔を見る。


「コンソメはフランス……いえ、アールヴヘイム語で『完成された』と言う意味よ。アールヴヘイム料理の真髄なの」


 七星は失敗作とも呼べる濁ったスープの鍋へ、悲しそうに視線を移す。

 

「あなたたち、留学はどれくらいの期間行っていたの? 料理の本場だから、色んな国からたくさんの料理人が修行に来ていたでしょうね。ある程度の技術や知識がなければ、厨房での仕事についていくことはできないわ。あなたたちは、どんな作業を割り当てられた? もしかして……」


 始めは「留学」と聞き、彼らはエリートコースを歩む期待された料理人なのかと思っていた。しかし本人たちを目の当たりにし、そうではなかったのだと気づく。

 おそらく素行の悪い放蕩息子に手を焼いた親たちが、家名に傷がつく前に体よく外国に厄介払いしたのだろう。


「料理人としては認められず、野菜の皮むき程度しか任されなかったんじゃない? だって厨房で助手をしていれば、スープを作る手順を横で盗み見て、もっと正しい調理方法を覚えられるはずだもの。遠くから調理風景を眺めることしかできなかったんでしょう」


 七星の言葉が図星だったのか、男たちは顔を真っ赤にさせてた。怒りと羞恥で震えた拳が、七星の頭上に振り上げられる。


「適当なことをペラペラと。ガキだからって容赦しねぇぞ……!」


 ハッとした少年が止めに入るよりも先に、厨房に凛とした声が響き渡った。


「おやめなさい!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ