③
スープが濁っていると指摘され、男たちは明らかに動揺し始めた。
「お、お前みたいなガキに何がわかるってんだ。味見なんて百年早いんだよ」
そう強がっていても、男の目は泳いでいる。アールヴヘイム料理の知識がありそうな七星に、あまり試食させたくないようだ。
しかし遠巻きに様子を眺めていた他の料理人たちが、次第に七星の周りに集まりだした。
いつも偉ぶっている男が、小さな女の子に言い返されたのが面白かったのかもしれない。興味津々で、七星と男のやり取りを見守っている。
周囲の目もあり後に引けなくなった男は、舌打ちしながら仕方なさそうに小皿にスープをすくった。
「ほらよ、有難く飲め。美味くて腰抜かすんじゃねえぞ」
両手で受け取った小皿に顔を近づけると、少し生臭い匂いがした。スープを口に含んだ瞬間、七星は思い切り顔をしかめる。
「酷い味……」
「なんだと⁉ お前の舌が、アールヴヘイム料理に慣れてないだけだ!」
それが常套句なのか、男はまるで七星に問題があるように怒鳴りつけた。しかし、そんな言い逃れが七星に通用するはずもない。
「牛のスネ肉、鶏ガラ、玉ねぎ、それからセロリにトマト……。材料に問題はないけど、分量がめちゃくちゃだわ。それに、臭みを取るためのハーブを入れなかったでしょ。煮込み時間も全然足りないし、灰汁すら取っていない」
作っているところを見ていたのかと思うほど正確に言い当てられ、男たちは絶句した。七星は男たちの前に立ち、言い聞かせるように一人一人の顔を見る。
「コンソメはフランス……いえ、アールヴヘイム語で『完成された』と言う意味よ。アールヴヘイム料理の真髄なの」
七星は失敗作とも呼べる濁ったスープの鍋へ、悲しそうに視線を移す。
「あなたたち、留学はどれくらいの期間行っていたの? 料理の本場だから、色んな国からたくさんの料理人が修行に来ていたでしょうね。ある程度の技術や知識がなければ、厨房での仕事についていくことはできないわ。あなたたちは、どんな作業を割り当てられた? もしかして……」
始めは「留学」と聞き、彼らはエリートコースを歩む期待された料理人なのかと思っていた。しかし本人たちを目の当たりにし、そうではなかったのだと気づく。
おそらく素行の悪い放蕩息子に手を焼いた親たちが、家名に傷がつく前に体よく外国に厄介払いしたのだろう。
「料理人としては認められず、野菜の皮むき程度しか任されなかったんじゃない? だって厨房で助手をしていれば、スープを作る手順を横で盗み見て、もっと正しい調理方法を覚えられるはずだもの。遠くから調理風景を眺めることしかできなかったんでしょう」
七星の言葉が図星だったのか、男たちは顔を真っ赤にさせてた。怒りと羞恥で震えた拳が、七星の頭上に振り上げられる。
「適当なことをペラペラと。ガキだからって容赦しねぇぞ……!」
ハッとした少年が止めに入るよりも先に、厨房に凛とした声が響き渡った。
「おやめなさい!」




