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「おい、聞いたか? 俺たちより美味いアールヴヘイム料理を作れる天才だってよ」
「このお嬢ちゃんが? そりゃ凄ぇ!」
「それなら俺たち、この子から料理を教わんなきゃなァ」
無礼な男を含め、三人の料理人が大袈裟に驚いたフリをし、ゲラゲラ声をたてて笑う。厨房には他にも料理人がいたが、彼らは事の成り行きを遠巻きに眺めているだけだった。ただ、一緒に笑うことはせず、男たちを見る目は冷ややかだ。
「あいつら、子爵家や男爵家の次男坊なんだ。本人たちに爵位はないけど、実家の権力を笠に着てるってわけ。もう気づいてると思うけど、あいつらが留学帰りの料理人だよ」
少年が七星にだけ聞こえるように耳打ちする。彼らに反感を抱いていそうな他の料理人たちが、おとなしく傍観している理由に納得した。
「なるほど。留学の件に加えて、そこそこ身分もあるのね。確かにこれは厄介そう」
皇帝宮殿所属の料理人ともなれば、勤めているのは身元のしっかりした者たちばかりだろう。とはいえ、ほとんどが平民出身だ。貴族などの特権階級に、意見など出来るはずもない。
(西條家の名を出せば、あんな奴ら一発で黙らせることも出来るけど……)
「それだけじゃ、ツマラナイわね」
七星はどうやって反撃してやろうと考えながら、くるりと厨房を見回した。
漆喰を塗り固めた土間の床。作業台は耐久性に優れたチーク材の天板で、広さも充分にある。普段見慣れた銀色の厨房とは異なるが、この時代ではステンレス素材がまだ実用レベルにないのだろう。
それでもかなり衛生的で、料理を作るのには全く問題なさそうだ。
「ほら、見てみろ。これがオーブンだ」
少年が誇らしげに指をさす。そこにはレンガと粘土で組まれた、ドーム型の炉があった。
「オーブンって言うより石窯ね。繊細な温度管理は難しそうだけど、パンを焼くなら凄くいいかも」
予想通りガスコンロはなかったが、その代わり石炭を用いた台所用かまどが並んでいた。煤や煙は、煙突から外に排出されているようだ。
石炭をレンガで囲い、その上を平らな金属製の板で塞いでいる。どうやらこの鉄板に鍋を置いて調理するらしい。炭の量である程度の火加減は調節可能なようで、厨房は思ったよりも近代的に感じられた。
「あれっ。この鍋は調理済み?」
作業台の上に銅製の鍋を見つけ、七星は中を覗く。まだ温かい飴色のスープに、「へぇ」と感嘆の声を上げた。
「コンソメスープを作る技術はあるのね」
七星の独り言を聞いた瞬間、生意気な留学帰りの料理人たちが一斉に息を飲んだ。
「お前、コンソメを知っているのか⁉」
「ええ、もちろん。でも、スープが濁っていてあんまりキレイな色じゃないですね。ちょっと味見させていただけます?」




