⑤
水から上がると、女たちは一斉に七星の髪を梳かしたり、着物を羽織らせたりした。袴帯下をぎゅうぎゅう締め上げられ、七星は「ううう」と情けなく呻く。
寄ってたかって支度させられ目を回す七星を見て、女中頭はガッカリしたように息を吐いた。
「ああ、嘆かわしい。月也様ほど優秀なお方なら、もっと相応しいご令嬢がいらっしゃるでしょうに……。いくら大旦那様が決めたこととはいえ、こんな格落ちの娘が許嫁だなんてお可哀そうに」
「許嫁……?」
疑問に思いつつも鏡の前に立たされた七星は、その姿に衝撃を受け、女中頭や小間使いの女たちなど、もうどうでもよくなった。
食い入るように鏡をみつめ、ようやく一つの答えにたどり着く。
黒地に花手毬柄の着物と、ボルドーカラーの袴。ハーフアップの髪には、袴と同色の大きなリボン。意志の強そうな瞳はまるで、黒曜石のようだ。
十人いれば十人全員が美少女だと認めるような、可憐な容姿。
先ほどまではあまりにも薄汚れていて気付かなかったが、七星はこの美少女をよく知っていた。
「ま、待って。この子……もしかして」
点と点が線になり、七星は両手を頬にあてて思わず叫んだ。
「じゃあ、さっきから言ってる月也様って、もしかして西條月也のこと⁉」
七星の言葉を聞き、女中頭は顔を真っ赤にさせて「まあ!」と憤る。
「公爵家の次期当主を呼び捨てるなど、無礼千万!」
女中頭は手にしていた扇子で、七星の横っ面を思い切り叩いた。そんな仕打ちを受けても、七星は「ごめんなさい!」と条件反射のように謝罪し、身を縮めるだけだった。その瞬間、女たちの間に驚きが広がる。
「えっ、素直に謝った⁉」
「いつもだったら、噛みつく勢いで反抗するのに!」
ただ謝っただけで奇異の目に晒され、いよいよ七星は確信した。
(この反応……やっぱり、この子は悪役令嬢なのね。信じられないけど、ここは私がドハマりしている乙女ゲームの世界で間違いなさそう)
二次元イラストで見慣れていたため直ぐにはピンとこなかったが、よく考えたら和庭園も屋敷もゲームの背景画面そのままだった。
だとしても、どうして。
ここがゲームの世界だと理解したとて、なぜ自分が悪役令嬢の姿で存在しているのかは、まるで分らない。
ここにいるきっかけを思い出そうとした瞬間、七星の頭に鋭い衝撃が走った。
「痛ッ」
頭を押さえ、その場に崩れ落ちるように倒れたが、手を差し伸べる者は誰もいない。
(一体何が起きてるの……本当の私はどこ……?)
薄れゆく意識の中、黒猫が鳴らす鈴の音が聞こえたような気がした。