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応接室にはグリーンの張地に金色のダマスク柄が描かれたソファが、向かい合うように置かれていた。腰窓は二カ所あり、カーテンの代わりに障子が使用されている。落ち着いた風合いの和洋折衷なインテリアは、シンプルだが洗練された印象だった。
七星は窓を背にし、ダマスク柄の三人掛けソファにそっと腰かける。ベルベッドの手触りは滑らかで、最高級品であることは容易に想像できた。
ソワソワしながら部屋を見回している七星の耳に、ノックの音が飛び込んできたので背筋を伸ばす。「どうぞ」と恐る恐る答え、様子を伺った。
扉がゆっくり開き、丈の長いクラシカルな紺色のワンピースに白いエプロンを身に纏ったメイドが、ワゴンを押しながら現れる。
ケーキと紅茶でも振舞われるのかと思っていたが、焦茶色のテーブルに並べられたのは羊羹と煎茶だった。
「ありがとうございます」
七星が深々頭を下げると、メイドは一瞬だけ驚いたように目を見開く。もしかすると、上流階級の令嬢がメイドに対して礼を述べるのは珍しいことなのかもしれない。
そんなことを考えている七星をよそに、直ぐに澄まし顔に戻ったメイドは静かに部屋を去っていった。
「そう言えば墨怜さんに、『誰が敵かわからないから弱さを見せずに堂々としなさい』って忠告されてたんだった」
横柄に振舞う必要はないが、謙虚になり過ぎないよう気を付けなければ。
気を取り直すように目の前の皿を持ち上げ、竹製の楊枝で羊羹にスッと切れ目を入れる。パクリと一切れ頬張ると、控え目で上品な甘さが口いっぱいに広がった。
「……美味しい。砂糖は甜菜を使っているのね。それにしても、メイドさんがワゴンで羊羹を運ぶって不思議な感じ。この時代ならカステラくらいあるだろうから、そっちの方が似合いそうなのに」
そこまで考えて、七星はうーんと唸る。
「日本と似て非なる国だもんね。もしかして、鎖国中は本当にどこの国とも交流を絶っていて、カステラの原型すら伝わってないのかも」
それでも砂糖は存在していて良かったと思いながら、瑞々しい羊羹をもう一切れ口に放り込む。食べ終わる頃には月也が戻ってくればいいな、などと呑気に考えていると、突然背後の窓がカラッと開いた。
全く無警戒だった七星は「ひゃっ」と小さな悲鳴を上げ、反射的に身を縮める。
「くっそ。月也が来るなんて聞いてねーぞ。もう少しだったのに!」
苦々しい声と共に、ピシャンと乱暴に窓を閉める音がした。全身から冷汗が噴き出し心臓をバクバクさせる七星は、ソファの背もたれに隠れるようにして息をひそめる。
(えっ、えっ⁉ 誰か窓から入ってきた……?)
先ほど聞いた声は、言葉は荒々しいがまだ声変わり前の幼さの残るような感じがした。
声の正体を盗み見ようとして、七星はソファの背もたれから顔を少しだけ覗かせる。その瞬間、ツイード生地のキャスケット帽を被った少年とバッチリ目が合ってしまった。
少年の方もまさか人が居たとは思わなかったようで、ぎゃっと声を上げる。
「お、お前、誰だよ⁉ そこで何をしている!」




