第十一話 エンカウント
敷地内には警備中の近衛兵が何人もいたが、七星たちが目の前を素通りしても呼び止めたり咎めたりする者はいなかった。それどころか月也の姿を見れば皆その場で直立し、最敬礼で出迎える。
さすがは「帝の右腕」と呼ばれる西條家の次期当主だと感心しながら、七星は月也の後ろを付いていった。
既に何度も来たことがあるようで、目的地に向かう月也の足取りに迷いはない。
「迎賓館は離宮にある。この池の向こうだ」
錦鯉が泳ぐ大きな池の中央には、離宮へと続く朱色の橋が架けられていた。
その先に優雅に佇むのは上品な寝殿造りで、平安貴族の館のような雅やかさがある。
朱色の橋を渡り切ると、正面玄関前に燕尾服姿の初老の男性が佇んでいることに気がついた。
「月也様! お待ちしておりました」
男性は月也の顔を見るなり、早足でこちらに向かってくる。出迎えにしては、なんだかとても慌ただしい印象だ。月也も同じように感じたらしく、「何かあったのですか」と険しい表情で問い返した。
「ええ、それが……」
人に聞かれては困るのか、男性が月也にコソッと耳打ちをする。七星に声は届かなかったが月也が眉根を寄せたので、何か面倒なことが起きたらしいということだけは理解できた。
額に手を当てながら、月也がやれやれと疲れた声をだす。
「全くあの人は……。七星、すまないが少々困ったことが起きた。直ぐに戻るから、先に行って待っていてくれ。神崎殿、七星を頼みます」
言うが早いか月也は踵を返し、来た道を駆け足で戻っていった。取り残された七星は、ポカンとしたまま立ち尽くす。
このタイミングで一人にされるとは、想像もしなかった。
心細そうにしていると、神崎と呼ばれた初老の男性は申し訳なさそうに七星の前に立ち、左手を胸に当ててうやうやしく頭を下げた。
「大変失礼いたしました。お初にお目にかかります。私、執事長を務めます神崎と申します。それでは応接室までご案内いたしますので、どうぞこちらへ」
欅の一枚板で作られた、木目の美しい観音扉が開かれる。促されるまま迎賓館に足を踏み入れると、ふわりと木の香りが漂った。
建物全体に華美な装飾は一切見当たらないが、その代わり細部までこだわり抜かれた設計と匠の技をひしひし感じる。
詫び寂びとはこういうことを言うのだろうと、七星は深く感動した。
「七星様、申し訳ございません。こちらで今しばらくお待ちください」
「じぃや」と呼んで思わず頼りたくなってしまうような神崎が、丁寧にお辞儀をしてから部屋を去る。
七星は応接室に一人取り残され、不安そうに部屋を見回した。




