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「まさに、その料理が悩みの種だ! 話の半分でも理解できれば上出来だと思ったが、晩餐会と聞いただけでそこまで気が回るとは、驚いたぞ」
予想以上に七星が話の内容を理解し、その上料理の心配までしたものだから、月也は心底仰天したようだった。立ち上がったままの姿勢でテーブルに両手をつき、七星の方に体を傾ける。
「奴らはアールヴヘイム国王が食するものと同等の、正式なフルコースとやらを所望している。鎖国を解いて間もない我が国が、それを用意できないと考えてこちらに恥をかかせる気だ。大和帝国より自分たちの国が優れていることを見せつけ、今後の交渉を優位に進める魂胆だろう」
「……なるほど」
七星は神妙な面持ちで、波打つ心臓の上に手を当てる。
わざわざ紙書籍版の公式ファンブックを、予約してまで入手した甲斐があった。毎日飽きることなく穴が開くほど読んだので、本の内容は隅から隅まで熟知している。
Q.ゲーム内でチラッと描かれていたエルフ王の食事シーンですが、あれは一体どんな料理ですか?
A. アールヴヘイムはヨーロッパ諸国をイメージしていますが、特にフランス色が強いです。よって、あれはフランス料理ですね。
ファンから寄せられたQ&Aコーナーで、製作者からの回答がこれだった。
全くの架空料理ならお手上げだが、フランス料理ならば七星の得意分野だ。間違いなく役に立つことが出来る。むしろ、このために自分はこちらの世界に呼ばれたのではないかとさえ感じ、胸が高鳴った。
「何かと理由を付けてアールヴヘイム料理ではなく会席料理をお出ししたら、今の大和帝国の技術では準備できなかったと捉えられ、きっと笑い者になってしまいますよね」
「ああ。外交を懸けた勝負から降りたと思われるだろう。帝の顔に泥を塗るわけにはいかない」
月也が端正な顔を歪ませ、ぎりっと歯噛みした。
美人が怒ると怖いと聞いたことがあるが、本当だなと思いながら月也を見上げる。
周囲の温度が二、三度低くなるような、美しくも冷たい迫力があった。
七星は月也の美貌に怯みそうになりながらも、ぐっと拳を握る。
「お兄様、ご安心ください。私にはアールヴヘイム料理を作るための、知識と技術がございます。材料と調理道具さえあれば、どこへ出しても恥ずかしくない、正式なフルコースを再現して見せましょう」




