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 玉子粥を平らげたタイミングで、丁度よく墨怜(すみれ)がデザートを持ってやってきた。窓辺に置かれたアンティークの丸テーブルに、苺とはっさくを綺麗に盛りつけた皿が二人分並べられる。

 

「果物はどうぞ、こちらでお召し上がりください。今、お茶をお淹れしますね」

 

 相変わらず感情が読み取れない墨怜に促され、七星は窓辺に移動した。丸テーブルを挟み、月也と向かい合う形で座る。


 はっさくはまだしも、この時代の苺はきっと高価だろうなと考えながら、赤い実を口の中に放り込んだ。

 確か、フランスから栽培用の苺が導入されたのが明治の初め頃だったと記憶している。こちらの世界でも恐らく、庶民は口にすることが出来ない貴重な代物だろう。


 まだ品種改良が進んでいない甘酸っぱい苺を咀嚼しながら、七星は目を閉じた。

 これでデザートを作るとしたら、何がいいだろう。

 マスカルポーネと生クリームを合わせて、いちごのモンブランにしても良いかもしれない。きっとこの酸味が濃厚なクリームによく合うはずだ。


 ピンク色の可愛らしいデザートを想像した時、口の中の苺を媒体にして、ケーキの味がリアルに再現された。

 驚いた七星は、更に深く集中して味覚を確かめる。


(この体はななちゃんのもの。ななちゃんが苺のモンブランを食べた経験があるとは思えない。だとしたら……)


 通常、視覚や聴覚に比べると、味覚は段違いに思い出すのが難しい。

 音楽や風景ならば鮮明に脳内に蘇らせても、リアルな味を口の中で再現することはほぼ不可能だ。


 けれど七星は、一度食べた料理の味を忘れない。

 今食べた苺のように、何かトリガーがあれば、料理の味を舌の上で再現することが出来た。


(良かった……! 元の世界の才能は、この世界でも引き継がれていたのね)


 唯一の取り柄と言っても過言ではない料理の才能が、こちらでも通用するかもしれない。その可能性は孤立している七星にとって、非常に心強かった。


「月也様もどうぞお召し上がりください」


 果物に一切手を付けていない月也を見かね、墨怜が声をかける。しかし月也は「俺はいい」と言って、七星に向って皿を差し出した。


「七星。もしまだ腹に余裕があるなら、お前が食べろ」

「えっ」


 驚きつつも、七星は果物が載った皿を両手で受け取る。


「ありがとう、ございます……」


 泣きながら粥を食べていた七星を見て、よほど腹を空かせていたと思ったのかもしれない。そんな風に考えていたら、月也が言いにくそうに口を開いた。


「お前は先ほど、白虎に向って『人間の味方はいない』と言っていたな」


 月也に貰った苺を齧りながら、七星はコクリとうなずく。今のところ、自分を思いやってくれたのは呂色と白虎だけだ。


「今更何を言っても説得力はないだろうが……。俺も墨怜も、せめてお前の敵ではないと認識してくれ。こんなことなら、普段からお前の話にもっと耳を傾けておくべきだったな」


 正面に座る月也は、酷く悔やんでいるように見える。

 これは互いの理解を深める良い機会かもしれないと考えた七星は、姿勢を正して「あの」と口を開いた。

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