③
そこには黒猫が佇んでいて、少女は小さく感嘆の声を上げる。
「わぁ。ゲームに出てくる呂色みたい。綺麗な黒猫……」
ベルベットのような毛並みに思わず手を伸ばすと、黒猫はふぃっと顔を背け、外廊下から庭に降りてしまった。
「待って!」
見覚えのある黒猫が唯一の手掛かりのような気がして、少女は裸足のまま和室を飛び出し、庭に降りた。
足の裏に、ひんやりとした土の感触が伝う。
黒猫を見失った少女は、キョロキョロとあちこち視線を動かした。そうして自分がいた屋敷を見上げ、感心したように溜め息を漏らす。
「凄い……由緒ありそうなお屋敷」
まるで緑の絨毯を敷きつめたような情緒ある苔庭は、素人目にもよく手入れされているだろうことが分かった。
大豪邸と言って差し支えないほどの邸宅は、黒く美しい屋根瓦の風格ある佇まいだ。平屋ではあるが、どことなく天守閣を連想させる。
「この風景、どこかで見た気がする」
どこだったかな。
庭に突っ立ったまま考え込んでいると、「まあ!」と悲鳴にも似た声が廊下から聞こえてきた。声のした方に目を向けると、若い女性が二人、物の怪にでも会ったかのような、嫌悪と恐れの混じった複雑な表情でこちらを見ている。
鶯色の揃いの着物を着た女性たちはまるで仲居のように見え、「やっぱりここは温泉旅館なのかな」などと、少女は呑気に考えた。
しかし彼女たちから発せられたのは、およそ客に対する物言いとは思えない、辛辣なものだった。
「七星様、いつ目を覚まされたんです⁉ それにしても、起きて早々裸足で庭に出るなんて……とうとう頭がおかしくなったのかしら」
「汚れた足で屋敷に上がられたら、たまったもんじゃない。掃除の仕事増やさないでくださいよ」
女の一人が少女に向って、濡れた雑巾を遠慮もなく投げつける。あまりにも乱暴な投げ方で、受け取り損ねた雑巾がバチンと少女の顔に当たった。
「痛っ」と少女が声を上げても、女たちは悪びれる風でもなく再び廊下を歩き始める。
「ホント、気味の悪い子どもね」
「でも、目を覚ましたなら女中頭に報告しなきゃ」