第七話 密かな決意を胸に
「そ、んな……」
七星から拒絶の言葉を言い渡され、女中頭の顔はみるみる絶望の色に染まる。
成り行きを見守っていた野次馬たちの間から、驚きと共にヒソヒソとささやき合う声が広がった。
「ねぇ。七星様、いつもと雰囲気が違わない?」
「そうよね。いつもだったら、もっとヒステリックに喚き散らすのに」
「今日はずいぶん大人しいのね。病み上がりだから?」
確かにゲームの悪役令嬢だったら、平手打ちの一つも女中頭に見舞っていたかもしれないし、ここぞとばかりに「全員クビにして!」と月也に訴えたかもしれない。
しかし七星は、とにかく目立ちたくなかった。
余計なことをして誰かから恨みを買い、断罪ルートへ突入してしまう事態だけは避けたい。女中頭に向って発した言葉でさえ、言い過ぎたのではと内心ヒヤヒヤしていた。
早くこの場から立ち去りたいと考えながら、何もかも失い放心する女中頭から目を逸らす。逃れた視線の先で、呆然と佇む麦飯を運んできた女中と目が合ってしまった。
それまでは魂が抜けたように虚ろだったのに、七星を認識した途端、女中の目に激しい憎悪の光が宿る。
「私をクビに出来て、イイ気味だと思ってるでしょ。やっぱりアンタは噂通り鬼の子だったのね! 雑巾を投げつけられた仕返しに、呪いの力であの子を火だるまにしたんだ!」
七星を指さし、女が悲鳴に近い金切り声で叫んだ。興奮したように肩でぜえぜえ息をしながら、女が一気にまくしたてる。
「アンタの両親が死んだのも、自分の呪いのせい? いつも不吉な黒猫を連れて、周囲に不幸をばら撒いて、不気味なのよ! アンタが消えたって誰も悲しまないんだから、死ねばいいのに!」
そう言われた瞬間、広輝の顔が脳裏に浮かんだ。
彼は自分が居なくなって、少しは悲しんだだろうか。
しかしいくら想像してみても、自分のために涙を流す広輝を少しもイメージすることが出来なかった。
「もう……死んでるのよ」
なんてつまらない人生だったろうと、七星は「ははは」と乾いた声で笑う。
これ以上この場にいるのが苦しくなって、七星はくるりと踵を返し、逃げるように台所を飛び出した。
廊下を走りながら、頬を伝う涙を拭う。
「ななちゃんも、辛かったね」
小さな子供が「死ね」と罵られたのに、周囲から向けられる視線に同情の色はなかった。きっと他の使用人たちも、不幸をばら撒く不吉な子という認識で、「いなくなればいい」と思っているのだろう。
彼女の孤独を想像し、自分自身と重ね合わせる。
鷹司七星が死の間際、せめて安らかだったらと願った。
ようやく自室にたどり着き、障子戸を開けるために手を伸ばす。その瞬間、自分以外の足音がしたことに気が付いた。
月也が追ってきてくれたのかと振り返り、そこにいた者を見て七星は目を丸くする。




