⑥
墨怜と月也の会話を、女中頭は口をポカンと開けて聞いていた。脱力したように座り込み、髪は乱れ、先ほどまでの威勢は微塵もない。
「七星が伏していた理由が、呪いのせいだと知っていたか」
月也の問いにも、女中頭は呆けたようにただ首を横に振るだけだった。
「恐らく、発火した女中が呪いを仕掛けた張本人だ。七星が術を破ったことで、呪詛が跳ね返ったのだろう」
「女中が、呪いを……?」
事の重大さにようやく気付き、女中頭の手がぶるぶる震えだす。
「術は西條家のものではなかった。つまり、その女中は使用人の仮面を被った間者だったということだ。この家を取り仕切る立場にありながら、危険因子を見逃したお前の責任は重いぞ。それとも、まさかお前が手引きしたのではあるまいな」
女中頭は真っ青な顔でその場に平伏し、「滅相もございません!」と泣き喚いた。
「信じてください、誓ってそのようなことは! 使用人の中に密偵がいるなど、露ほど思わず」
謝罪を続ける女中頭からうんざりしたように目をそらし、月也は「もう良い」と言って背を向けた。その言葉をそのままの意味で捉えた女中頭は、許されたと勘違いしたのか、嬉しそうにパッと顔を上げる。
「お許しいただけるのですか?!」
「馬鹿げたことを言うな」
女中頭の能天気な希望を、月也がバッサリ切り捨てた。
「先ほど、お前は呪いの件には関与していないと確認が取れた。だから、もう下がって良いという意味だ。今までご苦労だったな。明日の朝ここを発つ時に挨拶は不要だ。黙って出ていけ」
首だけを僅かに後ろに向け、月也が淡々と告げる。そのまま立ち去ろうとする月也を、女中頭は半狂乱で呼び止めた。
「お、お待ちください! もう一度、もう一度だけ挽回の機会を……! 今度こそ心を込めて、七星様にお仕えいたしますから!」
泣いて縋りつこうとする女中頭を、他の使用人たちが羽交い絞めにして止める。バタバタともがく女中頭の手が、もう少しで七星の着物の袂を掴みそうだった。七星は怯えたように後ずさる。
「七星様! どうかお許しをっ!」
「……こう言っているが、どうする」
月也が特に何の感情も浮かべていない、冷めた目で七星を見た。
人の口には戸が立てられない。
これだけ使用人が見ている中で騒ぎを起こせば、解雇の噂はあっという間に広がるだろう。公爵家からクビを言い渡された信用ならない女など、どこも雇おうとは思わないはずだ。
もう二度と、まともな職には就けないかもしれない。
この先、路頭に迷うかもしれない。
だとしても。
今はしおらしく泣いているが、この女の本性はゲームの中で嫌と言うほど見てきたし、今日一日だけでも充分わかり過ぎるほど実感した。
鷹司七瀬の無念を思うと、今更許す気になどなれる訳がない。
「謝罪ひとつで不問などありえません。残念ですが、さようなら。お元気で」




