⑤
「まさか、そんな理由で病気の七星を看病もせずに放置し、身の回りの世話をすることなく、食事すらもろくに与えなかったと言うのか」
「ええ。すぐに音を上げて家を出ていくと思ったのですが、中々しぶとく……」
月也は頭が痛いとでも言うように、重苦しい溜め息を吐きながら眉間を揉んだ。
「よくも子ども相手に、そこまで非道な仕打ちを……」
「ですが、私は月也様のお気持ちを汲んだのです!」
「黙れ」
にべもなく月也に言い訳を遮られ、女中頭は呆然とする。月也の冷淡な紺碧の瞳が、より一層冷ややかに細められた。
「女中頭、それに七星付きの女中ども。お前たちは今すぐ荷物をまとめろ。明日の朝には、この屋敷を去れ」
月也の解雇通告に、成り行きを見守っていた者たちが一斉にどよめく。
七星に麦飯を持ってきた女は「私は命令されただけです!」と叫び、女中頭は「なぜ!」と、月也の足に縋りついた。
「私はただ、貴方様の行く末を案じ、幸せを願う一心で……!」
月也は足に纏わりつく女中頭を引きはがすと、腹の底から嫌悪するような眼差しを向ける。
「勘違いするな。お前たちの罪は七星をないがしろにしたことじゃない。俺を欺こうとしたことだ。信用ならない者を、この家に置いておくなど出来ない」
「お許しください! 確かに偽りを述べましたが、あれは小娘を追い出すための方便。私は害をもたらす者から、西條家を守ったのです!」
必死の形相の女中頭に対し、月也は口の端を僅かに上げた。
「本当の害悪を見落としておきながら、西條家を守っただと? 笑わせるな」
「それは、どういう……」
言われた意味が解らず、女中頭が質問を返す。しかし月也はそれには答えず、騒ぎを聞きつけて台所に集まりだした使用人たちに向って「墨怜はいるか」と声をかけた。
人垣の中から、一人の若い女性が前に進み出る。
「はい。ここに」
年の頃は二十代半ばくらいだろうか。女中たちとは違う黒い着物で目立ちそうなものなのに、月也に名前を呼ばれるまではその存在に気づきもしなかった。肌は白く、長い黒髪を後ろで一つに縛り、どことなく品がある。控え目だが芯が強そうな印象だった。
「今日の昼頃、ボヤ騒ぎがあったらしいな」
「はい。全く火の気のない玄関を掃除していた女中が、突然燃え上がったそうです。見ていた者の証言ですと、何かの火種が着物に燃え移ったのではなく、彼女自身が発火したと」
腕を組んだ月也の目が、一瞬で鋭くなる。
「呪詛返しか」
「恐らくは」




