③
「私どもの用意した食事はお気に召さなかったようで、七星様が膳をひっくり返してしまいました。ですから仕方なく、他の生ごみと一緒に裏庭の焼却炉へ捨てたのです」
嘘を吐くことによほど慣れているのか、女中頭は月也を前にしても、しれっとした顔で言い放つ。月也は「なるほど」と答えたが、少しも納得していないのは声色から明らかだった。
「俺と同じ献立だと聞いた。だとすると焼却炉には、鰆の塩焼きがそのまま捨てられているということだな? まだ炉に火は入れていないはずだ。確認しに行くとしようか」
月也の方が一枚上手だったようで、マズイと思った女中頭がサッと目を伏せる。最初から準備していなかった鰆の塩焼きなど、焼却炉をいくら探しても出てこないだろう。必死に言い訳を考える女中頭の額に、じわりと汗が滲む。
七星は射貫くように前を見据える、月也の凛とした横顔を見上げた。
もしかして、固い麦飯を食べさせられていた私のために、こんなことを……?
そんな期待が胸をかすめる。
今までずっと、ゲームの中で月也は、七星が虐められているのを見て見ぬふりしているのだと思っていた。
しかしよく考えてみれば、寮住まいの月也が七星の様子を知る機会など、殆どないのだ。普段は目の届かないところで嫌がらせを受けているのだから、月也が気づいていなかったとしても、不思議ではない。
ひょっとすると、月也は七星をそこまで嫌っていないのではないか。
その可能性に気づくと、七星の中で「嬉しい」という気持ちと「なんで今更」と言う気持ちが同時に沸いた。
――もっと早く月也が鷹司七星の現状に気づいてくれていれば、彼女は命を落とさずに済んだかもしれないのに。
月也を責めるような黒い感情が足元からじわじわ這い上がってきたが、「あっ、そうだわ!」と言って女中頭がパンと手を叩いたので、七星は我に返る。
「焼却炉に捨てる前に、黒猫が来て鰆を咥えて逃げてしまったんです!」
女中頭はこれで言い逃れできたと思ったのだろう、七星をちらりと見て勝ち誇ったように口の端を上げた。
「そうか。それなら仕方ない」
月也の一言に、台所にいた者たちから安堵の息が漏れる。
しかし、これで終わるはずがなかった。
月也が目を閉じ何か小さく唱えると、ふわりと風が巻き起こる。淡い光の粒が月也を囲むように漂い、着物の裾がはためいた。
「こんなこと、本当はしたくなかったのだがな。さて、これでお前たちにも見えるようになっただろう? 白虎神獣の姿が」




