②
布団を跳ねのけ、確かに息を引き取ったはずの少女が勢いよく飛び起きる。
はぁはぁと肩で息をし、動悸を鎮めるように胸に手を当てた。
少女の姿カタチは先ほどと寸分違わぬはずなのに、何か様子がおかしい。
「え……あれ? まさか、さっきのは、夢?」
混乱した少女のこめかみから、汗が一滴伝う。
「私、デザートのレシピを盗られそうになって、それで抵抗して……」
少女は記憶を確かめるように、一つ一つ言葉を口にした。
「彼に思い切り突き飛ばされて、棚に激突して……そうしたら、一斗缶がいくつも落ちてきたんだわ」
自分自身を抱きしめるようにして腕をさすり、「嫌な夢」と身震いする。
しかしそこで違和感を覚えた少女は、改めて視線を落とし、自分の身体を見た。
「な、何で浴衣を着てるの? それに、手は小さすぎるし声も高い。どういうこと⁉」
信じられないというように、あどけない手のひらを握ったり開いたり繰り返す。それから慌てて周囲を見回した。
「ここ、どこ……?」
ささくれも変色も起こしていない畳。一つも穴の開いていない、ピンと張られた真っ白な障子。格式高そうな床の間。十二畳ほどの和室の隅には値が張りそうな西洋アンティークの鏡台が置かれていて、和洋折衷のモダンな雰囲気だ。
屋敷自体は相当年季が入っていそうだが、荘厳で堂々とした趣がある。
少女ははじめ、自分が高級旅館の一室にいるのかと思った。
しかしそれにしては調度品が使い込まれていて、どこか生活感を漂わせている。
おそるおそる布団から這い出た少女は、優雅な装飾が施された飴色の鏡台に近づいた。
そっと覗き込んだ鏡の中に、見慣れた自分の顔がない。
その代わりに幼い女の子と目が合って、大きく身をのけ反らせる。
「だだだだだ誰、この子ども⁉ まさか、これ、私?」
顔をぺたぺた触りながら、怯えたように少女は鏡の中の自分を凝視した。
血の気のない青白い顔色。ずいぶんと長い間寝込んでいたのか、頭も体も脂っぽくベタついている。肩より少し長いラベンダーベージュの髪は、ボサボサで艶がなかった。
現実ではありえないことが起きていると理解し始め、少女は鏡を見たままふらふらと後ずさった。鏡から離れたところでこの状況から逃げられるわけでもないが、じっとしてなどいられない。
数歩下がった辺りで背後からミシッと床板が軋む音が聞こえ、少女は驚いて振り返った。




