③
廊下の突き当りまで来た七星は、自室の前で少しだけ怯んだ。
日は差し込んでいるはずなのに、どういうわけだか部屋の空気が重く、どうしても暗いイメージがわく。敷かれたままの布団を見ていると、ますます憂鬱な気分になった。
しばらく天日干しされていなかったのか、ずっしりと重く、表面は微かに湿っている。
「ななちゃん……無念だっただろうな」
体は彼女のものでも記憶までは共有出来ないので、正確なことは分からない。それでも状況から察するに、病に伏していてもろくに看病されず、最悪の事態に陥ってしまったのだろう。
「でも、他人事じゃないんだよね……これからどうしよう」
途方に暮れていると、黒猫の呂色が尻尾を揺らしながら七星の隣にやってきた。
どうしたんだろうと思っていると、敷布団を咥えてグイグイと引っ張り出す。しかし猫の力ではどうにもできず、諦めたように七星を見上げてにゃあと鳴いた。それからトコトコ廊下まで歩き、七星を振り返って再びにゃあにゃあと鳴く。
日当たりのよい廊下にくるんと丸まった呂色を見て、七星はふふっと笑った。
「そこに干せってこと? そうね。布団がフカフカなら、少しは明るい気分になれるかも」
陰鬱な空気を払うように、重い掛布団を抱えて廊下に広げる。七星の部屋は屋敷の一番端なので、廊下を塞いだとしても通行の妨げになることはないだろう。
「子どもの体だと、運ぶのも一苦労ね」
さぁ次は敷布団、と持ち上げたところで異様なものが目に入り、七星は「きゃあ!」と悲鳴を上げた。
「な、なに、これ」
敷布団の下から出てきたのは、人の形に切り取られた白い紙だった。頭の位置をマチ針で突き刺すようにして畳に留められている。ホラー映画で呪いの道具として出てくるような代物だ。
とてつもない不吉な気配に、思わず七星は後ずさる。
すると呂色が七星を守るように前に出て、シャーっと毛を逆立てながらその白い紙を爪で引き裂いてしまった。
無残に破れた人型の紙は、その瞬間ボッと発火してあっという間に燃え尽きる。
「ろ、呂色、危ない! こっちにおいで」
燃えカスから遠ざけるように、七星は足元の呂色を抱き上げた。
オカルトの類はあまり信じない方だったが、目の前で起きた怪異にはさすがに膝が震える。しかし良く考えれば、ここはゲームの世界なのだ。何が起きても不思議ではない。
特に西條家は調伏呪文や加持祈祷を得意とし、物の怪の類や邪気を払う特殊な能力に長けた一族だった。もしかするとこんなことは、日常茶飯事なのかもしれない。
気味悪そうに七星が立ちすくんでいると、誰かがこの部屋に向って大慌てで駆け付けるような、荒々しい足音が聞こえてきた。




