第五話 死なないエンディングを探さなきゃ
七星は再び目を開ける。
さてここは、どちらの世界だろう。
冷たい廊下に突っ伏していた身体を、ゆっくり起こした。小さな手が視界に入り、あぁこっちか、と思う。
「なんなの急に。驚かさないでくださいまし!」
ヒステリックな女中頭の金切り声が、意識を取り戻したばかりの脳にキンキン響いた。
まだ片づけられていない水の張ったタライ、水滴の残る廊下、驚いた表情で七星を取り囲む女たち。
周囲の様子から察するに、どうやら気を失ってからさほど時間は経っていなそうだ。
夢じゃなかったという事実と自分が置かれている状況の異常さに、恐ろしさがこみ上げる。
(私、まさか死んじゃったの……?)
大量の一斗缶が自分に降り注ぐ場面が脳裏に浮かんだ。が、その後のことはどうやっても思い出せない。プツンとテレビの電源を切ったように、どこまでも真っ暗だ。
(ゲームの世界に転生したってこと? そんな嘘みたいな話がある?)
どうして自分が。
何のために。
考えれば考える程わからなくなり、震えが止まらなくなる。
真っ青な顔の七星に虚をつかれた女中頭だったが、気を取り直すように背筋を伸ばした。
「さあ、時間がないわ。ぼさっとしてないで、あなたたちはここを片付けておきなさい。七星様は私と一緒に、月也様のお出迎えに行きますよ」
座り込んだまま震える七星の腕を掴み、乱暴に立ち上がらせる。
「様」と敬称をつける割に、七星を敬うような気配は一切ない。
歩幅の小さい七星を気遣うことなく、女中頭はさっさと廊下を早足で歩きだした。
「本当にみんなから嫌われているのね……」
ゲームの中で、鷹司七星が虐げられる場面を散々目にしてきた。これからは実際に自分が体験するだなんて、考えただけで胃が痛くなる。
七星は「遅い」と叱られないよう、まだ震えの残る足で女中頭を懸命に追った。
本来、いくら身寄りがないとはいえ、元貴族の鷹司七星が使用人ごときに叱られるなど、ありえないことだった。次期当主の妻になる予定ならば、尚更だ。
ではなぜこれほどまでに、周囲の者たちから疎まれているのか。
いくつか要因はあるが、その内の一つに鷹司七星の普段からの言動が挙げられる。
両親が健在だった頃、鷹司七星は蝶よ花よと、これでもかと言うほど甘やかされて育った。どんなに傍若無人な態度でも叱られることはなく、わがまま放題。気に入らないことがあれば癇癪を起し、何もかも意のままにしようとする。
西條家に引き取られた後もずっとそんな調子だったので、天涯孤独になった七星を不憫に思っていた使用人たちも、日が経つごとに辟易してしまったのだ。
「ああ良かった、間に合ったわ」
玄関の引き戸を開けた女中頭が、ホッとしたように呟いた。七星はつられたように、女中頭の視線の先に顔を向ける。
立派な数寄屋門をくぐり、すらりと背の高い青年がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。




