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 七星の目から涙が落ちる。悔し過ぎて喉の奥が震え、「いいわけないでしょ」と拒否したいのに言葉が出ない。


「泣いてないで、さっさとレシピを渡しなさいよ。私と広輝の夢を邪魔しないで」

「麗佳さんと、広輝の、夢……?」


 自分でも驚くほど声が上ずる。

 二人が自然と体を寄せ合っていることも、互いに名前で呼んでいることも、ずっと気になっていた。嫌な予感がどんどん現実味を帯びていく。


「そうよ。私たち来月結婚して、このレストランを継ぐの。イケメンシェフと美人パティシエール、絵になるでしょ?」


 麗佳が誇らしげに笑って、肩にかかる黒い艶やかな髪を払った。


「結、婚……」


 めでたいはずの言葉を、どうしてこんなに重い気持ちで口にしなければならないのだろう。

 一瞬だけ広輝が気まずそうに目を伏せたが、それは七星に対する申し訳なさではなく、揉めたら面倒だなぁという厄介ごとから目を逸らす程度のものだった。


「広輝、嘘よね? だって、私との結婚の約束は……?」


 涙交じりで精一杯の声を発したが、返ってきたのは大袈裟な溜め息だった。


「ゾッとすること言わないで。キミとそんな約束をした覚えはない。妄想に付き合わされるのは御免だよ」


 言いながら、広輝が麗佳に向き直る。


「あいつの言うことなんか信じないで。俺には麗佳だけだから」

「そんなこと、わかってる。広輝も付きまとわれて可哀想に」


 不憫そうに眉を寄せた麗佳が、ぐるんと首を捻り、今度は七星を鋭く睨んだ。


「あんたなんかクビよ! そのノートさえあれば用ナシだわ。早く渡して!」

「嫌ッ!」


 七星はノートを奪われないように、胸にしっかり抱いて抵抗した。埒が明かないと思ったのか、麗佳は遠慮もなくノートの端を掴んで、強引に引っ張る。


「やめて! 離して!」

「いい加減にしろよ!」


 しびれを切らした広輝が怒鳴り、七星の肩を思い切り突き飛ばした。その拍子に七星の身体は後ろに吹っ飛び、スチール棚に体当たりするような形で激突する。

 ぐらりと棚が大きく揺れ、頭上で金属の擦れる音がした。


――この棚には、ひまわり油が積み上がっていなかったっけ。


 胸がざわつき、七星は棚を見上げる。

 最期に見たのは、銀色の一斗缶が自分めがけて幾つも落下してくる光景だった。

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