③
七星の問いかけに答えるつもりはないのか、麗佳は鼻で笑ってそっぽを向いた。
社会人としてその振る舞いはいかがなものかと思うが、それを許される環境でずっと生きてきたのだろう。
麗佳は料理長の一人娘だった。
有名シェフの父親を持ち、母親は元女優。彼女自身も容姿に恵まれている。
今まで散々周囲からチヤホヤされてきたことは、容易に想像できた。
そんな彼女でも女子アナの採用試験に全敗したと言うのだから、上には上があるものだ。
内定が一つも取れなかった彼女は早々に就活を諦め、今年の春に大学を卒業した後、父親のコネでこのレストランに就職したらしい。
とは言え、厨房でもホールでも働いている姿を見たことがないので、恐らく経理でも手伝っているのだろう。ゴテゴテ飾り付けられた麗佳のネイルを見ながら、七星は自分の中で結論付けた。
「濱内さんに頼みたいことがあってさ。ちょっといいかな」
相変わらずそっぽを向く麗佳の代わりに、広輝が得意の営業スマイルを浮かべて答える。人前なので「七星」ではなく苗字で呼ばれるのはいつものことだが、ことさら他人行儀な気がした。普段と違う恋人の様子に戸惑う七星にはお構いなしで、広輝は勝手に話を進める。
「キミが書いたレシピノートがあるだろ? あれを麗佳に譲ってくれないか。今度、彼女を『美人過ぎるパティシエール』として、メディアに紹介しようと思うんだ」
引っかかる部分がいくつもあって、七星は目をパチパチさせた。
レシピノートを譲るって、どういうこと?
美人過ぎるパティシエールって、彼女は調理経験ゼロなのに?
それより何より、「麗佳」っていつも名前で呼んでるの?
言いたいことは山ほどあったが、こめかみを押さえながら七星が重要事項を確認する。
「わ、私のレシピを彼女が考案したことにする……ってこと?」
「そうだよ。パティシエールなら調理師免許はいらないし、すぐにでも始められるだろ」
こともなげに言い放つ広輝に、七星は怒りよりも先に悲しみを覚えた。
あまりにも職人を愚弄した発言は、とても同じ料理人だとは思えない。
「確かに資格はなくてもパティシエールは名乗れるけど、それでも専門的な技術や知識は絶対に必要だわ! 私のレシピだけがあっても、作れないんじゃ意味がないでしょう」
普段なら広輝に口答えするなど絶対にしない七星だが、あまりにも現実離れした提案に思わず声を荒げた。それでも広輝は少しも焦るそぶりも見せず、「まぁまぁ」となだめるように七星の肩に手を置く。




